コラム

GDP粉飾疑惑を追う

2018年02月16日(金)14時47分

では天津市全体のGDPはどうなるのかというと、もともと市のGDPを計算する際にはダブルカウントの部分は除いているので、濱海新区のGDPが激減したからといって市のGDPが減るということにならない、というのである。

こうしたダブルカウントはGDPの計算について回る問題である。

実は日本でも、都道府県のGDPの合計は、日本全体のGDPを6%ほど上回っている。これは別に日本の都道府県がGDPを水増ししているからではない。本社は東京だが工場や販売店は別の県にあるような企業の生産活動が、東京と別の県の両方のGDPに、部分的にせよ算入されているからであろう。

結局、蓋を開けてみたら、天津市は粉飾を認めたわけではなく、単なるテクニカルな修正を行っただけで、天津のGDPに対するモヤモヤした疑念は晴れないままである。

天津市も粉飾を認めるのではと期待してしまったのは、2017年初めに遼寧省が経済統計の水増しがあったことを認めたからである。

遼寧省政府の報告によれば、省内において財政収入の粉飾が特に2011年から2014年にかけて甚だしくなり、そのため、中央政府からの財政補助が十分にもらえず、省内の市や県の財政が苦しくなってきた。財政収入だけでなく、他の経済統計にも粉飾の問題があった。

2割も水増ししていた遼寧省

要するに、地方財政の台所事情が苦しくなってきたので、正直なデータを公表することで中央政府からの財政補助を増やしてもらおうとの打算から経済統計を修正しはじめたのである(『日本経済新聞』2018年2月2日)。

遼寧省は2017年初めに2016年のGDPを発表したが、その実額は前年より23%も減少した。GDPの実質成長率はマイナス2.5%だったので、GDPに2割ぐらいの水増しがあったことを認めたことになる。

遼寧省と同様の動機から、内モンゴル自治区も2018年1月に財政収入と工業付加価値額に水増しがあったことを認め、2016年の地方財政の一般歳入がこれまで公表されていた金額より26%少なかったと訂正した(金融頭条、2018年1月16日)。2017年のGDPの実額は明らかではないが、おそらくかなりの水増し分が圧縮されるであろう。

遼寧省が粉飾を明るみにしたことで、その下にある各市も水増しの是正を余儀なくされた。大連市はその是正作業にかなり手間取ったようで、ようやく2017年11月末になって2016年のGDPを発表した。

その金額は2015年より12%の減少であったが、実質では6.5%成長したという。ということは、2015年の数字には17%ぐらいの水増しがあったことになる。

ただ、大連市の発表には依然粉飾の匂いがする。それはGDPが実質6.5%成長したという部分だ。遼寧省全体がマイナス2.5%、遼寧省経済の3割を占める大連市がプラス6.5%となると、大連市以外の遼寧省はマイナス6%だったことになる。まさにあちら立てればこちら立たず。粉飾をちょっとだけ訂正したら他のところに矛盾が生じる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

ウクライナ平和サミット開幕、共同宣言草案でロシアの

ワールド

アングル:メダリストも導入、広がる糖尿病用血糖モニ

ビジネス

アングル:中国で安売り店が躍進、近づく「日本型デフ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    この「自爆ドローンでロシア軍撃破の瞬間」映像が「珍しい」とされる理由

  • 2

    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆発...死者60人以上の攻撃「映像」ウクライナ公開

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    メーガン妃「ご愛用ブランド」がイギリス王室で愛さ…

  • 5

    米モデル、娘との水着ツーショット写真が「性的すぎ…

  • 6

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    FRBの利下げ開始は後ずれしない~円安局面は終焉へ~

  • 10

    「ノーベル文学賞らしい要素」ゼロ...「短編小説の女…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 6

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 9

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 4

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…

  • 5

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story