コラム

UAEメディアが今になってイスラエルとの国交正常化を礼賛し始めた理由

2020年09月08日(火)06時40分

8月31日、アラビア語、ヘブライ語、英語で「平和」と書かれたイスラエルのエルアル航空機がUAEのアブダビに到着 REUTERS/Nir Elias/Pool

<8月13日に米国の仲介で合意した「歴史的」な国交正常化。UAE側の反応はこの2~3週間で変わってきた。パレスチナ問題の地盤沈下、コロナ禍の影響、そしてアッバス議長の「致命的」な敗北......。合意の背景を読み解く>

イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が米国の仲介で合意した国交正常化について、9月中にもワシントンで調印式が行われるという見通しが出ている。

すでに8月24日にはUAEのオワイス保健予防相とイスラエルのエーデルシュタイン保健相が電話会談を行い、新型コロナウイルス対策など、保健・科学研究分野での協力を話し合うなど国交正常化は始まっている。8月31日には「平和」とアラビア語、ヘブライ語、英語で機体に書いたイスラエルのエルアル機がUAEのアブダビ空港に着陸した。

UAEの新聞やテレビのウェブサイトを見ると、連日のようにイスラエルとの国交正常化合意を礼賛する記事や論評が出ている。エルアル機が到着する前々日の29日にはハリーファ・ビン・ザイド大統領が「イスラエルボイコット法」を無効とする勅令を出した。

UAEの代表的な新聞であるイッティハード紙には9月1日付で「『平和の飛行機』は中東地域の新しい時代の始まり」と題する現地のジャーナリストのコラムがあり、「飛行機の到着は和平合意を現実に移し替えたものである」と書いている。さらに、「UAE・イスラエル平和条約 未来を展望する」という別の筆者のコラムもあった。

UAEの新聞で「平和条約」という大きなアラビア語の活字を見ると、8月13日にトランプ米大統領が突然、「イスラエルとUAEが全面的な関係正常化で合意した」と発表したときにUAEが示した抑え気味の反応との差に驚く。

トランプ大統領が「歴史的な和平」を強調したのに対して、UAEからは正式の発表はなく、事実上の支配者であるザイド大統領の弟、ムハンマド皇太子がツイッターを通じて「イスラエルはヨルダン川西岸の併合を停止することを合意した。さらにUAEとイスラエルは2国間関係を確立するためのロードマップ(行程表)をつくることで合意した」と発表する慎重な反応だった。

この反応の差は何を意味するのか。この2~3週間で何が変わったのか。

アラブ世界から反発が出ず、「平和条約」と公言し始めた

実はイスラエルとUAEの間では、すでに数年前から治安・軍事協力が進み、経済関係は活発化し、スポーツ・文化の交流も始まるなど、湾岸諸国の中で、最も急速に関係を深めていることがニュースにもなってきた。その意味では、両国の関係正常化自体には驚きはない。驚かされたのは唐突ともいえるタイミングである。

UAEはイスラエルと国交正常化する条件として、イスラエルのネタニヤフ首相が公約していたヨルダン川西岸の30%にあたる土地を一方的に併合する手続きの停止を求め、トランプ大統領が発表した3カ国の共同声明でも「イスラエルは(西岸)地域に対して主権を宣言することを停止し、その努力をアラブ・イスラム世界との関係拡大に向ける」と明記されている。UAEはパレスチナ問題での成果を強調したのである。

その時のUAEの英字紙ガルフ・ニュースも「UAEと米国、イスラエルはパレスチナ領土でのさらなる併合を終わらせる合意に達した」という見出しを付け、「関係正常化」とさえ見出しに出ていなかった。

【話題の記事】
撃墜されたウクライナ機、被弾後も操縦士は「19秒間」生きていた
トランプの嘘が鬼のようにてんこ盛りだった米共和党大会(パックン)

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アンソロピック企業価値1830億ドル、直近の資金調

ビジネス

米財務長官、次期FRB議長候補の面接を5日開始=W

ワールド

米政府、TSMCの中国向け製造装置輸出巡る特別措置

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story