コラム

原発事故後、あれだけ大騒ぎしていた韓国...「処理水」問題について「おとなしい」のはなぜか?

2023年09月13日(水)17時48分
処理水放出に抗議する韓国ソウルでのデモ

処理水放出に抗議するデモは行われたが(ソウル、8月26日) KIM HONG-JI-REUTERS

<福島第一原発の「処理水」放出に強く反発する中国。一方で、韓国でも懸念の声はあるものの、世論は比較的落ち着いているようだ>

福島第一原子力発電所の「処理水」放出が近隣国を揺るがしている。反対の急先鋒は中国であり、その日本産水産物の輸入全面禁止に、今度は日本世論が大きく反発する事態になっている。

中国の陰に隠れているものの、韓国でもこの問題への関心は一定以上存在する。いや、韓国における原発事故の影響に対する懸念は事故当初から高く、2011年3月末の調査では、63.6%の人々が放射能の影響が韓国にも直接及ぶと懸念していた。この当時は韓国からの観光客も大幅に減少し、あえて日本を訪れた人々の訪問地も、放射能の影響を恐れて西日本に集中した。

時に誤解されているが、福島第一原発の事故をめぐる問題への憂慮は進歩派においてのみ強いわけではない。福島を含む近隣8県の水産物の輸入を禁止する措置が取られたのは、保守派の朴槿恵(パク・クネ)政権下においてである。21年に行われた東京五輪でも、韓国の五輪委に当たる大韓体育会が選手団に「福島産の農水産物を食べるな」と指導する事態が起こった。韓国における懸念はある意味一貫したものであり、最近の中国や北朝鮮の動きに影響されたものではない。

だからこそ、処理水放出と同時に韓国では、さらなる大きな反発が起こると予測されていた。事実、処理水放出前後に行われた各種世論調査によれば、日本政府の処理水放出に反対する韓国人の割合は3分の2を超えている。野党や各種団体は、日本政府や明確な抗議の意を示さない韓国政府に対して大規模デモを企画した。

とはいえ、これらの動きで日韓関係が大きく揺らいでいるかといえば、そうではない。最大のポイントは、現在の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権が日本政府に協調姿勢を見せていることだ。尹は8月18日に行われた日米韓首脳会談で「IAEA(国際原子力機関)への信頼」を理由に岸田政権の方針に理解を示した。処理水放出開始後も、野党の代表である李在明(イ・ジェミョン)が抗議の断食をするのに対し、連日のように韓国各地で水産物を食してみせるパフォーマンスを展開している。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国で値下げ競争激化、デフレ長期化懸念 

ワールド

米政権、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止を指示

ワールド

焦点:イスラエルのイラン攻撃、真の目標は「体制転換

ワールド

イランとイスラエル、再び相互に攻撃 テヘラン空港に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 5
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 6
    メーガン妃がリリベット王女との「2ショット写真」を…
  • 7
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 8
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 9
    先進国なのに「出生率2.84」の衝撃...イスラエルだけ…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 6
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 7
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story