コラム

ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない

2017年05月23日(火)18時34分

このときは、ラマダーン月に入る少しまえ、当時のISの公式報道官アドナーニーが次のように述べている。

「もし、暴君どもがおまえたちのまえでヒジュラの扉を閉めたならば、彼らのまえでジハードの扉を開き、その行為を後悔させてやるがよい。やつらの地の中心で小さな行動をおこすことは、われわれの大きな行動よりも役立ち、効果的であり、やつらにとっては大きなダメージとなる。もし、軍事上の標的に近づけなかったり、民間人を標的にすることで迷って攻撃できないでいるなら、十字軍の地の中心においては、その血を流すことを妨げるものがないことを知るがよい。また、おまえたちが、民間人を標的にすることはわれわれにとってより重要であることを知るがよい。十字軍にとっては、そのほうがより被害が大きく、効果的であるからだ。立ち上がれ。おまえたちは、ラマダーン月に大いなる報酬と殉教をえるだろう。」

ここでいう「ヒジュラの扉」とは、ISの本拠地であるイラクやシリアに移住して、ISに加わることを指し、それが妨害されたならば、自分の生まれ育ったところでテロをやれと呼びかけている。

【参考記事】テロを呼びかけるイスラームのニセ宗教権威

この声明が呼び水になり、実際、世界各国でラマダーン期間中にテロが発生している。昨年のラマダーン月終了後に出たISの週刊戦果報告「ナバァ」は、ラマダーン期間中にISの攻撃で5200人以上の多神教徒・背教者が死傷したと自慢している。

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ISの週報「ナバァ」誌第35号のインフォグラフィク。ラマダーン月の戦果を強調している(日本語訳は筆者)

この声明は今も有効であると考えられるし、5月18日にISのニーナワー県が出したビデオでも西側諸国でテロを起こすよう呼びかけている。また、ISとは敵対しているはずのアラビア半島アルカイダ(AQAP)も今月、西側諸国に住む支持者に対し、いわゆるホームグローン型、ローンウルフ型テロを呼びかける声明を出している。

ISの「首都」とされるイラクのモスルが陥落するのも近いといわれるなか、ISやアルカイダが支持者に欧米などでテロを起こさせ、混乱を生じさせることで、あわよくば復活の足がかりとしようとすることも充分考えられる。ISやアルカイダの標的になりやすい場所をきちんと理解しておく必要があるだろう。

【参考記事】ISISの終わりが見えた

と、ここまで書いたところで、米国人歌手、アリアナ・グランデのコンサートが英マンチェスターで行われている最中に、爆発があり、多数の死傷者が出たとのニュースが飛び込んできた。現時点では犯行声明は出ていない(※)が、テロの可能性も否定できない(しかも、まだラマダーン月に入っていない)。ちなみにコンサート会場というのも、パリでの同時多発テロでも襲撃対象になったとおり、IS支持者が標的にしやすい場所である。

※その後、ISが犯行声明を出した(以下)。日本語訳は筆者。

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アッラーのお導きとその恩寵により、至高至大のアッラーの宗教への報復として、多神教とを恐怖させ、ムスリムたちの館への彼らの攻撃に対する反撃として、カリフ国の兵士の1人が英国のマンチェスター市における十字軍の集会のなかで爆発物を置くことに成功した。そこで、放埓なコンサートのためのアリーナの建物において爆弾を爆発させ、およそ30人の十字軍の殺害とその他70人の負傷につながった。アッラーのお許しにより、次にくるものは、十字の崇拝者およびその傀儡たちにとってより強力で、ひどいものとなる。万世の主、アッラーに讃えあれ。

◇ ◇ ◇

この声明には、英国の警察発表や報道と矛盾する点があり、これだけでマンチェスターの事件がISの犯行だと断定するのはむずかしい。現時点でいえるのは、マンチェスターのテロがIS的にみて標的・戦術面で承認しうるということぐらいだろう。

【参考記事】アリアナコンサートで容疑者拘束、死者22人で不明者多数



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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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