コラム

道路標識の英語化は「おもてなし」にならない

2013年12月02日(月)09時00分

今週のコラムニスト:スティーブン・ウォルシュ

[11月26日号掲載]

「おもてなし」。2020年に開催される東京オリンピックに向けて、盛んに強調されているスローガンの1つだ。確かに日本はお客を歓待する伝統でよく知られている。それでも政治家やメディアが高尚な標語や曖昧なフレーズを熱心に使うときは、私はいつも疑い深くなる。

「おもてなし」や「ホスピタリティー」という言葉を聞くと、温かい気持ちになる。しかし、それが何を意味するのか、具体的にどんな行動や義務を伴うのか、私たちは本当に分かっているだろうか。

 先日の新聞に、国土交通省が東京五輪に向けて、道路案内標識のアルファベットをローマ字表記から英語表記に変えようとしているという記事が載った。ただし、記事の書き手はひどく混乱していた。英語表記の新標識も、英語圏の人間には理解できないと主張する外国人居住者に出会ったからだ。

 実は"The National Diet"が何を意味するか、英語を母語とする人でピンとくる人は多くない。たぶん、彼らは日本食に関係する何かだと連想するだろう。これは大変だ! 旅行者がみんな迷子になったら、日本はおもてなしの本場を名乗れない。

 ローマ字と英語のどちらがいいか、明確な答えはない。小学校3年生の私の娘は最近、カタカナをローマ字で書く方法を学んだ。娘は最初のうち、英語で知っている単語や自分の姓のローマ字表記に混乱した。ローマ字表記にすると、英語では間違ったつづりになる(例えばプールはpûru)。

 それでも、娘は「面白いね」と言っただけだった。日本を訪れる旅行者の多くも、同じ反応を示すだろう。道路標識に"The National Diet Main Gate"ではなく、"Kokkaiseimon"と書かれていても、誰も不親切とは思わない。それどころか、"Kokkaiseimon"という表記には大きな利点がある。日本の人々と話すチャンスが広がるのだ。

 現地の言葉をいくらか学び、地元の人たちと交流することは、「本格派」の旅行者にとって大きな楽しみの1つだ。道に迷ったりトイレを探したりするのは、地元の人々と話をするいい口実になる。日本人にとっても、「ナショナル・ダイエット・メイン・ゲートはどこですか?」より「コッカイセイモンはどこですか?」と聞かれたほうが答えやすい。

 日本のお役所は自分の組織の予算を増やすことしか考えていない、という意地悪な見方も一部にはあるだろう。標識の表記を変える狙いは、公務員の雇用維持にあると疑う人もいるかもしれない。

■東京の住人の長期的利益を
 
 昨年のロンドン五輪にイギリス国民が好意的だった理由は大きく2つある。1つは緊縮予算を組み、無駄遣いをなくしたこと。もう1つは、地元の人々の利益になる「遺産」を残したからだ。日本の国土交通省が堂々と予算を増やしたいのなら、旅行者にとって本当に有益で、東京の住人の長期的利益にもなることを考える必要がある。

 例えば、安全な自転車専用レーンの整備。自転車シェアリングのシステムもいい。そして最も古く最も簡単で安上がりなおもてなしの1つは、座って休める場所を増やすことだ。東京にはゆったりとおしゃべりができるベンチが少な過ぎる。

 ロンドン五輪では、多くの地元ボランティアがさまざまな外国語と格闘しながら観光客と笑い合い、冗談を交わした。20年の東京五輪では、私も家族と一緒に「おもてなし」の精神を最大限に発揮して、観光客が東京での観光や滞在を楽しむ手伝いをしたいと願っている。

 新しい標識に多額の予算をつぎ込むより、ボランティア活動に力を入れよう。まずは5カ国語で、「この道を行くと国会正門に出ます! 国土交通省のすぐ近くです」と言えるようになることから始めるといいかもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story