コラム

表参道はシャンゼリゼになれない

2013年07月02日(火)14時47分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔6月25日号掲載〕

 アナ・ウィンターといえば、現代ファッション界で最も有名な人物だ。米版ヴォーグの編集長であり、大ヒットした小説および映画『プラダを着た悪魔』のモデルになった人物だ。

 ファッション業界の人間として、アナ・ウィンターは日本のことをよく知っている。日本人がどれくらい洗練されているか、世界のファッションがどれほど日本文化の影響を受けているかも理解している。だから2011年3月に東日本大震災や原子力発電所の事故の発生を知ったとき、彼女は愛するこの国のために自分は何をしたらいいだろうと考えた。

 そして彼女は、東京の表参道でファッションショーを行うことを決意した。日本の復活を示すとともに東京と日本をたたえる世界的なイベントになるはずだった。ウィンターは有名で才能あふれるモデルやデザイナー、ブランドの経営者に電話をし、11年秋の実現を目指してショーの準備を始めた。

 その頃の東京は、世界から見捨てられたような状態だった。表参道で働く人々はこの計画に大喜びした。石原慎太郎都知事(当時)もこのアイデアを高く評価した。だが問題が1つあった。警視庁だ。「忙しいからと、にべもなく拒絶された」と、ある関係者は言う。

 結局、日本の人々を励ますとともに日本の対外イメージを高め、観光業の売り上げに貢献したはずのイベントは実現しなかった。今後も実現しないだろう。「アメリカの都市なら、警察はそんなケチくさいことは言わないと思う。表参道では、警察がイベント開催のハードルになっている」と、アメリカ帰りで表参道でショップを経営する人物は言う。

 表参道は日本がいかに現代的でオープンであるかの象徴だ。大正時代に整備された表参道は、無秩序で狭い東京の都心部では珍しく、きちんとした設計に基づいて造られた大通りだ。ケヤキ並木は歩行者に涼しい影を落としている。ガイド本の多くは表参道を「日本のシャンゼリゼ」と紹介している。

■ホテルも映画館も造れない街

 だが実は、表参道は日本の後進性の象徴でもある。そこがパリのシャンゼリゼとの違いだ。

 シャンゼリゼは創造と商業の地だ。ショップや劇場、映画館に引き付けられ、たくさんの人々が昼夜を問わず訪れる。アーティストたちはその作品によってファッションブランドに影響を与え、ブランドの従業員や客はシャンゼリゼのショーや映画を見に行く。アートとビジネスの緩い結び付きがシャンゼリゼの独自性を生み出しているのだ。

 残念ながら、表参道は長いショッピングモールにすぎない。買い物客たちの単調な流れを邪魔するイベントといえば、冬の「セント・パトリックス・デイ・パレード東京」くらいのものだ。

 表参道は、たぶん日本で最もばかげた法規制の対象になっている。映画館や劇場といった娯楽施設やホテルを造ることが禁じられており、深夜以降のバーの営業も認められていない。この規制は1964年の東京オリンピックを機に導入された。当局はオリンピックスタジアムの周辺にラブホテルができるのを恐れ、一帯を「文教地区」に指定したのだ。

 この規制は現在も生きている。世界トップクラスの高級ホテルがアジアで最も名の知られた通りで営業できず、世界最高のアーティストやプロデューサーも舞台を上演することができない。それが可能なら毎年、国内外から洗練された客を呼び寄せることができたのに。

 実際のところ、表参道はその個性ゆえに今も人々に愛されている。だが買い物客はいつか、バッグやシャツ以外のものも提供してくれる別の場所に行ってしまうだろう。日本が観光振興に本気で取り組むつもりなら、まずはこんな無意味な規制を撤廃するべきだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、FRB議長候補2氏を高評価 「オープン

ビジネス

FF金利先物、1月米利下げ確率31%に上昇 失業率

ビジネス

米雇用、11月予想上回る+6.4万人・失業率4.6

ビジネス

ホンダがAstemoを子会社化、1523億円で日立
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「日本中が人手不足」のウソ...産業界が人口減少を乗…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story