コラム

「世界一見苦しい街」に隠された美を探して

2013年04月22日(月)09時53分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

[4月16日号掲載]

 先月、帰りの成田エクスプレスの車内から10日ぶりに東京の街を眺めて、私は思った。「東京はきっと世界一見苦しい街だ!」と。ほかの世界都市から戻ってくるたびに、そうした都市と比べて東京は野蛮で無節操で味気ない感じがする。

 今回はローマから戻ったのだが、何も東京がいきなりローマみたいな街になって、完璧な町並みに噴水やカフェテラスがあるなんて期待していたわけじゃない。それでもごちゃ混ぜに立っているビルを見たら、座席に身を沈めて、東京がルネサンス期に大理石で造られていたら、などと想像してしまった。時差ボケでぼんやりしたまま、東京にもミケランジェロのような人物がいたらよかったのにと考えた。

 例えば東京には街を一望できる場所がない。ローマのような立派な広場もなければ、パリのようなロマンチックな橋もない。ニューヨークやロンドンでは、周囲を見回して「いい眺めだ!」と言えるけれど、東京で同じ気分を味わうにはスカイツリーにでも登るしかない。ひょっとしたら、あの長い行列はそのせいかも。東京を見るためじゃなく見ないためだ。あの高さからなら、どんな都市でもアラが見えないだろうから。

 東京には「こっちを見て」とアピールしている町並みはほとんどない。「見るな」という町並みだらけだ。東京の象徴的存在でかつてはその中心だった日本橋は、今では首都高速道路のガード下だ。どこも歩道橋やパチンコ店だらけで、昔ながらのいい眺めはほとんどない。

 東京にはヨーロッパの都市のようなアースカラーと高度な職人技の調和がないせいで、商業的な感じがしがちだ。人工的な色が人工的に配置され、まるで安物のバスローブを引っ掛けたかのようだ。もちろんローマにだって商業主義はあふれているが、ビルというビルの外側に塗りたくるんじゃなく、内側に隠してある。

 言ってみれば東京は裏返しの街だ。ローマは見苦しい部分を隠しているが、東京は電線や梁やパイプやエアコンがむき出しでもお構いなし。よその素晴らしい都市から東京に帰ってくるたびに「目障りだよ!」と叫びたくなる。まあ、隠そうにも場所がないのは分かるけど。

 帰ってきて2週間くらいすると東京の魅力をもっと注意深く探すようになるが、簡単には見つからない。東京は自分の魅力を隠しているから。素晴らしい公園、見事なビル、しゃれた通りがあちこちにあるのだが、意識して探すか、運よく出くわすかしない限り見つからない。東京の美に出合うには時間と努力が必要だ。

■ミケランジェロも脱帽の美しさ

 東京の魅力は着物を思わせる何層ものベールの奥に隠されている。新しくなった東京駅のロビーは外からは見えず、素晴らしい庭園は寺の裏手にある。東京の美しさはトータルの美しさではなく、そこかしこにちらりと見える個別の美だ。

 しかも東京の美は芸術とは違う。近代都市なので、ローマやパリが誇るようなスケールの大きい芸術的設計や明確な計画には欠ける。東京の芸術的センスはむしろ実用的で機能的な感じで民芸の美に近い。ごちゃ混ぜといってもどこか民主的で、建設者も都市デザイナーもみんな公平にアイデアを表現している。東京ではどの建築家にも発言権がある。

 東京の美を味わうには忍耐も必要だ。春になって突然、街が桜の花に覆われると、いつもは東京をやかましく批判している人間でも心が和む。普段は川や歩道や公園沿いにひっそり立っている桜の木が1年のこの時期だけ咲き誇るなんて、噴水のある広場や恋人たちが集う橋に負けないくらい芸術的で計画的だ。

 ともかく2週間くらいは、桜による都市設計が東京に世界のほかの大都市に負けない美しさと見事な一貫性を与える。東京の花見にはかのミケランジェロだって大満足したはずだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米当局、中国DJIなど外国製ドローンの新規承認禁止

ビジネス

米GDP、第3四半期速報値は4.3%増 予想上回る

ワールド

ベトナム次期指導部候補を選定、ラム書記長留任へ 1

ビジネス

米ホリデーシーズンの売上高は約4%増=ビザとマスタ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    砂浜に被害者の持ち物が...ユダヤ教の祝祭を血で染め…
  • 6
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 7
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 8
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story