コラム

フランスではあり得ない生活保護バッシング

2012年07月23日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔7月18日号掲載〕

 人気お笑い芸人の河本準一は生まれる国を間違えたのだろうか。河本は5月、自分は高い収入がありながら母親が生活保護を受給していたことを日本じゅうの人々の前で謝罪した。

 フランスなら河本は模範市民と見なされたはずだ。勲章の1つももらえたかもしれない。フランスの基準からすれば、河本親子は当然のことをした。母親は失業して国に助けを求めた。息子は一生懸命働いて高い所得税を払っているのだから、政府の歳入の足しにさえなっている。息子がいくら成功していても、母親はできる限り政府の寛大さに甘えるべきだ──フランス人ならそう考える。

 フランス人は困ったときに国からお金をもらうことを恥と思わない。日本人より高い税金を払っているから、経済的に困っている人間の面倒を見てもらうだけの金は政府に「支払い済み」だと考える。生活に困っている親を子供が経済的に援助する法的義務はあるが、親は子供の経済状態に関係なく生活保護を申請する。

 実は親が生活保護を申請するのは、決して子供に頼らず、自分の好きなように生活するためだ。フランス人にとっては、国から金をもらうより子供から金をもらうほうが恥ずかしい。一方で子供は、親のすねをかじらない自立した人間に育てる。もちろん親子の絆はとても強いが、国の責任はきちんと果たしてもらう。

 もらえるものはもらわなきゃ、というのがフランス流。フランスなら、河本の母親は息子が成功していても堂々と生活保護をもらえるだろう。生活保護を受ける人の割合はフランスでは総人口の5・7%と日本(1・6%)の3倍以上だ。

 多くのフランス人は政府に助けてもらって当然と考えていて、そのためなら詐欺まがいの手も使う。しかもフランスの公務員は民間より労働時間が少なく失業の不安もない。生活保護を申請する側にしてみれば、あの恵まれ過ぎた連中から金を取り返してやれ、ということになる。

■「詐欺」がばれてもおとがめなし

 もちろん、フランスの制度には欠点もある。ある知人は父子家庭のふりをして「一人親」手当を受け取っているが、子供たちの母親とは今も同居している。バリ島のビーチで羽を伸ばしながら、パリでの仕事を探しているふりをしてフランスの生活保護を受け取っている知人もいる(求職活動をしているかどうかは電話で確認されるだけだ)。フランスの生活保護をもらってアルゼンチンのブエノスアイレスで優雅に暮らす女性も知っている。彼らはフランス政府から受け取る金(もちろん税金は払わずに)で十分暮らしていける。ばれる心配はまずなく、ばれても普通はおとがめなしだ。

 要するに無責任と詐欺を野放しにする制度で、フランスの公的債務が膨れ上がる一因になっている。しかし日本の制度のほうがマシだと言えるだろうか。「日本はフランスより税収が少ないのに政府支出は同じくらいだった」と日本で働いたことのあるフランス人銀行家が驚いていた。日本の政府債務残高の対GDP比率はフランスの2倍を超える。

 河本親子は住民税も消費税もフランス人ほど払っていない分、政府の金を当てにできないという理屈は分かる。それでもフランス人ならあそこまでたたかない。レイプ疑惑が浮上したドミニク・ストロスカーン前IMF専務理事でさえ、カメラの前で謝罪させられはしなかった。5年後か10年後には再出発のチャンスが巡ってくるだろう。一方、日本のメディアは毎週のように新たな「河本」を探し出しては失脚させている。政治家、コメディアン、歌手、相撲取り......。

 河本はフランス語を勉強し、パリでコメディアンとして再出発するべきだ。失敗しても失業保険や生活保護を受け取ればいい。フランスの福祉制度は日本よりずっと寛大だ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も

ビジネス

EU、炭素国境調整措置を強化へ 草案を正式発表

ワールド

インドネシア中銀、3会合連続金利据え置き ルピア支
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story