コラム

嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない

2011年08月29日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔8月24日号掲載〕

 日本がここまで世界の笑いものになる例がほかにあるだろうか──人気グループ「嵐」が日本観光を呼び掛ける観光庁のキャンペーンだ。観光庁は日本を、歴史的な遺産も自然もなく、若者が君臨する国として世界に宣伝したいようだ。

 豊かな文化がある日本で、なぜ外国人観光客が少ないのか。以前から不思議だったが、なるほど観光庁のせいだったのだ。今回のキャンペーンは日本のイメージをおとしめるために北朝鮮のスパイがたくらんだのかと思うほど。だが日本を笑いものにしているのは日本人自身だ。

 知的な読者を前に非常に心苦しいが、観光庁が制作したPR映像を見ていない人のために内容を説明しなければならない。これを読んで、見たくないと思ってもらえれば本望だ。

 嵐のメンバーがそれぞれ日本の観光地を訪れ、招き猫のまねをして「ニャー」と鳴く。それだけだ。この映像は7月から世界133カ国・地域の在外公館、国際空港や飛行機、駅のモニターなどで流れている。要するに観光庁が宣伝しているのは嵐で、日本はそのステージにすぎない。制作費はもちろん、国民の税金だ。

 嵐の顔はアップになるが、景色はほとんど映らない。せっかくの沖縄も太陽は見えず、砂浜はぬかるみのよう。北海道は食堂が、鹿児島は通りが映るだけだ。

 もちろん、京都の祇園も金沢の兼六園もなし。日本は美しくて洗練されたモダンな国だと外国人に思わせそうな、美しい映像は一切ない。「嵐の日本」は何もかも、彼らの甘ったるい曲のように安っぽい。日本の素晴らしさの源が破壊され、汚され、ばかにされている。

 時間を味わうはずの茶室の場面は3秒ほど。舞妓は嵐にニャーと鳴かせるための添え物だ。祭りは腹立たしくなるような踊りを嵐が披露する場で、数百年の伝統を受け継ぐ踊り手は無視されている。

 世界屈指の美食の国で、嵐が食べるのはソフトクリーム。ソフトクリームを食べに日本へ来ようと思う人がいるだろうか。寺を訪れた嵐は僧に木の棒でたたかれる。たたかれるために旅行をする人は私の知る限りいないのだが。

 7月の記者会見で観光庁の溝畑宏長官は、PR映像が世界133の国と地域で流されると胸を張った。そのうち129の国と地域では大半の人が嵐を知らないから、映像を見たいと思う人も多くないだろう。日本にとってはありがたい。

 私は日本のメディアが何か批判するだろうと思っていたが、とんでもなかった。情報番組『ミヤネ屋』で司会の宮根誠司は、あらためて日本はいいなと思ったと言い、共演者たちも同意した!

■レディー・ガガをPR大使に

 私は記者会見で溝畑長官に、ロバート・デ・ニーロやジャッキー・チェンなど、日本好きで知られる著名な外国人を起用してもよかったのではないかと聞いた。外国人は、自分のお気に入りの国の最高のPR大使になれる。彼らの意見は中立的だとみんな知っているからだ。

 先頃レディー・ガガが日本を訪れたことは結果として日本のPRになったが、溝畑はそのような形は考えていないと答えた。彼はさらに、「なでしこジャパン」が日本観光の後押しをするだろうと言った。しかし、日本の女子サッカーに関心のある外国人はまずいない。

 日本はなぜ「最高の顔」で自分を売り込もうとしないのか。洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて。

 日本には高級志向の観光客にふさわしいものがそろっている。彼らは人数は少なくてもお金をたくさん使い、訪問先を破壊しない。観光庁がターゲットとする団体客は、訪問先を破壊して帰るだけだ。

 素晴らしい国を自らばかにする。そして、その現実を誰も理解していない。日本人はそれで本当に構わないのか。

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・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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