コラム

こんなに政治家がダメでも日本が機能している理由

2011年08月01日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔7月27日号掲載〕

 アメリカの作家ポール・セローはかつて、東京があまりに効率的なのに感服して「これは都会じゃない、機械だ」と評したことがある。

 確かに東京は最高に効率的な都会の1つだ。しかも人間に頼らず、自力で機能しているらしい。13時24分に到着予定の電車は13時24分ぴったりに到着するし、荷物は指定した時間にきちんと届く。忘れ物をしても、たいていは戻ってくる。この街に「想定外」はない。

 東日本大震災が発生した3月11日も、東京で印象的だったのは混乱ではなく秩序だった。あれがパリなら略奪が起きていただろう。アメリカ人も、大型ハリケーン「カトリーナ」がルイジアナ州を襲ったときは大混乱に陥った。

 だが日本は違った。外資系の銀行に勤める友人は、3月11日の午後4時に金融庁に電話して、いつもどおりに営業終了後の報告が必要かと聞いたそうだ。すると金融庁の職員から「何を言っているんですか。当たり前でしょう!」と怒鳴られたという。「最初はどうかしていると思ったが、今になって思えば彼は正しかったのだろう。普段どおりに業務を進めたことが、金融パニックを防いだのかもしれない」と友人は言う。

 日本政治の現状を考えると、東京の効率性はますます素晴らしいものに思える。「Politics(政治)」の語源は、ギリシャ語で都市国家を意味する「Polis」。政治は都市運営というアートなのだ。

 日本の政治家には、いわゆる2世議員がやたら多い。その経歴は俳句並みに短くて、「誰それの跡継ぎ」の1行で終わり。質はアフリカの中流国家の政治家と大差ないだろう。なのに東京はこんなにもうまく機能している。もしも巨大地震で永田町が壊滅しても、ジャーナリスト以外は気付きもしないだろう。

 かつては私も、ジャーナリストとして日本の政治家たちに取材を試みた。しかし今は、そんな気にもなれない。彼らには意見がない。彼らはこの国がどこに向かっているのかを知らないし、そんなことを気にしてもいないようだ。

■びっくりするほど完璧な集団

 私が日本に来た95年当時から、政治家たちは移民の受け入れ拡大や、出生率改善のための女性の地位向上などの改革を議論し続けている。なのにほとんど何の進展も見られない。私が死ぬ頃(たぶん今世紀の半ば)になっても、きっと同じ議論が続いているだろう。

 フランスは違う。政治が重視されているし国民の関心も高い。フランスの政治家は権力を好み、権力を行使したがる。政治家にとって、女性にもてることは「力」の証しであり、セックスは政治の妨げとは見なされない。ナポレオンには大勢の愛人がいたが、彼がつくった制度の多くは今も機能している。

 フランスでは、政治家は愛人が多いほど有能だとさえ言える。ベッドで誰かを魅了できれば、少なくとも選挙で一票を確保できるのだから。前IMF専務理事ドミニク・ストロスカーンの性生活は過剰なまでに奔放だったようだが、それが職務に支障を来すことはなかった。

 そう考えると、疑問が生じる。政治が都市運営のアートならば、なぜパリの街は汚いのに東京の街はこんなに美しいのか。パリでは日常的に略奪などの犯罪が起こっているのに、なぜ東京では暴動が起きないのか。アフリカの中流国家並みの政治家しかいない国が、なぜ世界3位の経済大国でいられるのか。

 私が思うに、日本人は自分たちの特異性を強く意識している。だから全員の利害に関わるときはきょうだいのように一致団結する。この集団はびっくりするほど完璧で、自ら運営していけるからリーダーなど必要ない。だがフクシマのような異常事態では違う。ここ一番というときに政治が政治らしく機能できなければ、「機械」もいずれは壊れるだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、大麻規制緩める大統領令に近く署名か 米

ワールド

ウクライナ、東部要衝都市を9割掌握と発表 ロシアは

ビジネス

ウォラーFRB理事「中銀独立性を絶対に守る」、大統

ワールド

米財務省、「サハリン2」の原油販売許可延長 来年6
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story