コラム

日本の「働く母親」に捧ぐ

2010年07月05日(月)11時20分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 先週、娘を保育園に迎えに行った帰り道のこと。同じ保育園に通う子供を自転車に乗せたある母親が、私の前を歩いていた。すると彼女は突然立ち止まって、自転車に突っ伏した。

 彼女は疲れきっていた。あたりは真っ暗で、私が後ろにいることにも気づいていないようだった。10秒近い沈黙の後、私は彼女に声をかけた。「大丈夫ですか?」数秒かかって、彼女はこう答えた。「大丈夫です。すみません」

 あの時の、名前も知らないお母さん。このコラムをあなたに捧げます。

*****


 この世に出産ほどミステリアスなものはない。何よりも革命的でありながら、同時にこれほど自然なこともない。子供の誕生はそれ自体が奇跡と言える。

 それでも今の世の中には、子供をもちたくなくなる理由が溢れている。毎朝テレビや新聞で目にするのは、衰退する一方の世界だ。子供をつくるというのは、未来に悪いことが起きないというわずかな望みに賭けるようなものだ。

 一方で、出産は理屈を超えた詩的な行為でもある。生物の授業で教わったように、まさしく「1+1=3」の世界だ。自分で選んだ妻でも愛せない瞬間はあるものだが、子供は理屈抜きで愛せる。

■40年後に日本の人口はべトナム規模に

 出産は個人にとっての奇跡であると同時に、「人口形成」という意味で社会を様変わりさせる集団的な奇跡でもある。今後40年の間に、ドイツでは人口が減少するが、フランスは7500万人に増加する見込みだ。ベトナムは現在の日本くらいの人口になり、逆に日本は今のベトナムくらいの人口に縮小する。こうした変化は経済的、社会的に大きな影響をもたらすだろう。

 では、日本が奇跡を起こすにはどうすれば良いか。フランスを成功モデルとして考えると、カギとなる要因は3つ考えられる。まずは移民政策。フランスは年間およそ20万人の移民を受け入れている。彼らは一般的に、地元フランス人よりも多くの子供を産み育てる傾向がある。07年の研究報告によると、フランスではアフリカ系移民の出生率が4.04であるのに対し、地元フランス人の出生率は1.79。アフリカから来た女性は、フランスで出産することに安心感を覚えているということだろう。

 2つ目に、フランスでは子供がいる家庭に対しては社会保障が手厚く、納税面でも優遇される。これは政府と国民が協力して問題に取り組んでいる証拠だ。公共交通の料金も、子供の数によって大きく変わる。子供が3人いる家族の場合、国立鉄道の運賃は30%近く安い。

 3つ目に、働く母親が大事にされていること。つまり、出産を後押しする社会的な構造が出来上がっているのだ。女性が経済的に自立して、仕事でも私生活でも満足できる仕組みがある。良い例は、9人(!)の子供の母親でありながら対仏投資庁長官を務めたクララ・ゲマールだ。彼女は現在も、ゼネラル・エレクトリック(GE)のフランス支社長の座に就いている。

■出産が有料であること自体がスキャンダル

 では日本はどうか。1つ目の移民については、政界の右派も左派も受け入れに反対姿勢を示している。現在「たちあがれ日本」の代表を務める平沼赳夫元経済産業相は今年1月、民主党の蓮舫・現行政刷新担当相を「もともと日本人じゃない」と非難。この発言は、日本生まれでも一方の親が外国人である子供への辛らつなメッセージだった。君たちは必要ない、われわれにとっては敵だ、と。

 さらに日本がフランスと大きく違うのは、左派も移民受け入れに反対している点。日本人労働者の給料が下がると考えているのだろうが、出生率の低下という形でツケが回ってくるこことを理解していない。

 2つ目の財政的な優遇措置に関しては、日本政府の柔軟性は皆無に等しい。現在、日本では金を払って出産しなければならない! これほどスキャンダラスなことはない。タバコにもっと課税して、母親から取るカネを減らしたらどうか。公共交通も、子供が5人いようが独身女性だろうが、同じ料金を払わなければならない。

 3つ目の働く母親支援も、日本社会にはそうした仕組みがない。日本で記者として15年暮らしているが、高い役職の女性には滅多にお目にかからない。裁判官、医師、大学教員など、いることはいるだろうが、キャリアと子育てを両立させるのはとてつもなく難しいのだろう。

■「半分だけ妊娠」しようとする政府の姿勢

 政府がこうした問題に正面から取り組まない限り、日本の出生率は上がらない。子ども手当ては大きな一歩ではあるが、海を作るためにバケツ一杯の水を用意したようなものだ。

 子供の数は増やしたい、でも変化はしたくない----政界を牛耳る男性たちのそんな姿勢のせいで、子供の数は減り続け、男性たちは猛スピードで衰退していく国を背負い込む。

 日本は、まるで「半分だけ妊娠」しようとしているようなものだ。経済的にも社会的にも集団としての奇跡を起こそうとしているのなら、まずは「個人にとっての奇跡」を起こし得る国づくりが欠かせない。

 私は今週末の参議院選挙で、あの自転車の母親を救えるような政治家に投票したい。もし私に投票権があったら、の話だが。
 

プロフィール

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・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
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