コラム

メッセージを暗号化する「超プライベート携帯」発売へ

2014年06月27日(金)11時56分

「超プライベート携帯」と呼ばれるスマートフォンが近く発売になる。7月からネット上で販売される予定だ。

 この電話「ブラックフォン」を開発したのは、スペインのハードウエア会社、ギークフォンと、暗号技術を得意とするスイスの会社、サイレント・サークルのジョイント・ベンチャー。

 超プライベートとされるのは、通信会社や企業、そして政府がユーザーのデータや行動を諜報するのを防ぐからだ。

 元CIA職員のエドワード・スノーデンが、米国家安全保障局(NSA)が一般市民の通話記録やインターネット上の行動や電子メールの内容を盗み見ていたことを明らかにした時のショックは、今でもアメリカ人の心に深い傷として残っている。NSA問題はたまたまアメリカ政府のことだったが、他国の政府も似たような活動を行っているだろうことも容易に想像できる。

 またプライベートなデータを収集するのは政府だけではなく、いつも使っているインターネット上のサービスやオンライン・ショップ、ソーシャル・ネットワークが日常的にユーザー情報を収集していることも、前から薄々は知っていた。だがそうした組織や企業の活動の前に、ユーザーはそれを防ぐ方策もわからず常に不安を引きずってきた。

 そこに出てきたこのブラックフォンは、ユーザーの通話やインターネット上の行動を保護できるよう、まったくゼロから作られている。見た目は普通のスマートフォンと変わらないのだが、その中味はセキュリティーの専門家らが熟考した上で設計されているのだ。

 OSは独自に開発された「プライベートOS(PrivatOS)」。これはアンドロイドをカスタマイズし、匿名性とプライバシー、セキュリティーを最大限保護するよう設計されている。通話やテキスト・メッセージ、ファイル送信は、ユーザーのハードウエアの中で暗号化され、相手のハードウエアの中で暗号が解かれる。途中で通信会社がその中味を見ようとしてもできないし、政府が通信会社に圧力をかけても、意味ある内容は入手できない。ウェブを閲覧してもその履歴は残らない。

 価格が630ドルと高いにも関わらず、最初の予約販売分の数千台は、2月の発表後にあっと言う間に売り切れたという。ロックフリーなので、世界中どこでも利用することが可能だ。ブラックフォンのユーザーでない相手とも、アプリを使えば相互のやりとりは暗号化される。

 我々がどんなに気をつけても、現在のスマートフォンのテクノロジーは刻々と情報を送り続けている。たとえ通話をしていなくても、スマートフォンは勝手に近くの通信タワーを探し、ユーザーの存在を教えている。今年1月にウクライナで反政府デモが起こった際には、デモ参加者たちのスマートフォンに「あなた方は集団妨害行動を犯した者として記録されました」というメッセージが表示された。地域を限定して、その範囲にいるユーザーを特定するのは簡単なことなのだ。

 携帯通信を切っていても、ワイヤレス通信がくせ者だ。スマートフォンに表示される接続可能なワイヤレスのリストは、とりもなおさずそれだけのワイヤレス通信ポイントがユーザーを特定しているということである。もともとはユーザー・データを悪用するための機能ではないにしても、そうやってわれわれは自分の足跡をいろいろなところに残している。

 だがブラックフォンの登場で、プライバシーやセキュリティーを高いレベルで護ることも不可能ではなかったことが証明された。ブラックフォン関係者は、3年後には年間1千万台の販売を目指しているが、プライバシーに敏感な人々以外には軍関係者、情報活動関係者、政府関係者、企業トップ、有名人らが最初のユーザーになることだろう。

 当面の弱点は、同時性が低いメールのやりとりが保護できないこと、そしてこのブラックフォンに合ったアプリが限られていること。だがテクノロジーが進んで、これらの弱点が克服される日もいずれやってくるだろう。

 また、ユーザーが通常のアプリをダウンロードすると、そこからハッカーに付け入れられる可能性はある。また、匿名でブラウジングを行えても、ソーシャル・ネットワークのアカウントで活発に書き込みをしたり、オンライン・ショッピングで買い物をしたりすると、匿名性は失われるだろう。

 ブラックフォンに象徴されるように、最近はプライバシー技術自体が新しい領域として注目を集めている。歓迎すべきことだ。ユーザーが増えればこうした製品も増え、製品が増えれば一般ユーザーの意識も高まる。すっかり諦めていたプライバシーを、少しでも保護しようという良い循環に変わるのではと期待する。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

野村、年内あと2回の米利下げ予想 FOMC受け10

ワールド

米関税15%の履行を担保、さらなる引き下げ交渉も=

ワールド

林氏が政策公表、物価上昇緩やかにし1%程度の実質賃

ビジネス

午後3時のドルは147円前半へ上昇、米FOMC後の
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story