コラム

安倍首相、中東「原発売り込み」外交の成果は

2013年05月17日(金)14時08分

 今月始め、安倍首相はサウディアラビア、UAE、トルコを歴訪した。首相の中東訪問は、安倍氏が最初に首相となった時以来の、6年ぶりだ。民主党時代には、外務大臣クラスの歴訪だけだったので、久々の首相外交になる。

 今回ほど経済外交の色彩がはっきりしているのは、珍しい。二年前には韓国の李明博大統領(当時)が、大量のビジネスマンを引き連れて湾岸産油国からトルコなど各国を訪れ、建設事業から韓流ドラマまで、大々的な韓国製品の売り込みを行った。そのとき巻き返せなかった鬱憤が、ここに噴出したのかもしれない。

 日本製品、企業は中東で圧倒的な知名度と信頼を維持しているので、日本の対中東経済外交の復活は、現地の人々も歓迎するところだろう。遅ればせながら戦後復興ビジネスに参入が活発化しているイラクからは、「ようやく日本が戻ってきた」と、期待を寄せる声が聞こえてくる。

 だが、経済外交の目玉が原発というのは、なんともしっくりこない。原発自体の問題はさておき、原発は果たして中東社会が期待する「これぞ日本」と言う製品なのだろうか。(ちなみに、原発輸出と聞いて、かつて80年代後半にイラクで囁かれていた噂を思い出した。突然東欧製の食品類が市場に安く出回るようになったのだが、それはチェルノブイリで汚染されて先進国で売れない商品を、イランとの戦争で外貨のなくなったイラクに安く売りつけているからだ、というものだ。)

 70年代後半以降、中東のマーケットを席捲した日本製品は、車や家電から建設プラントまで、ありとあらゆる範囲に及んでいた。久々の売り込みでの目玉商品が、そうした過去に知名度の高い製品じゃない、というのは、逆に心もとない。UAEで合意した原発建設計画も、韓国企業がすでに受注した大規模事業の一部を任されるだけだ。経済外交完全復活とは、ほど遠い。

 さらにしっくりこないのは、日本の中東外交のもうひとつの柱だった仲介外交が、どこかに消えていることだ。前回安倍首相が中東歴訪した国で、今回行かなかったのは、エジプトである。その前の小泉首相は、湾岸産油国も回ったが、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンにも行った。つまり今回の中東訪問は、中東和平問題を始めとする政治案件が抜けているのだ。

 かつて日本の対中東外交は、米国が仲介者として機能できないような対立関係において、陰に陽に仲介の役割を果たすことに、意義を見出していた。80年代、米国と直接のパイプをもたないパレスチナの代表を日本に呼んで、米国との話し合いの道筋を模索したこともある。イランのハータミー首相を日本に呼んだときも、米国が表立って動きにくい交渉事を引き受ける役割を持っていた。

 その意味での日本の役割は、残念ながら薄らいでいる。他方、そのような役回りを果たすのが、中国だ。安倍首相の中東歴訪の一週間後に、中国はイスラエルからネタニヤフ首相、パレスチナからアッバース議長を招聘して、中東和平交渉を積極的に主導しようとしている。

 「米国以外じゃないと果たせない」役割が、中東政治には多々ある。中東和平しかり、対イラン交渉しかりである。かつてはそれは日本に期待されていた。いまや中国にお株を奪われ、経済進出では韓国の後塵を拝している。原発輸出以外の、日本にしか果たせない役割というのはまだちゃんとあって、中東社会もそれ――つまり平和外交だ――を期待していると思うのだが。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米住宅価格指数、25年11月は前月比0.6%上昇=

ワールド

カナダ首相、ダボスでの発言撤回を否定 トランプ氏と

ビジネス

米GMの四半期コア利益が予想超え、SUV販売好調 

ワールド

G7、一方的措置でなく共通の解決策を模索する必要=
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化はなぜ不可逆なのか
  • 3
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに...宇宙船で一体何が?
  • 4
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 5
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 6
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパ…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 10
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 3
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story