コラム

日本の大学は非常勤講師を使い捨てる「ブラック大学」

2013年07月30日(火)19時09分

 早稲田大学が今春から非常勤講師に適用した就業規則について、早大の非常勤講師15人が6月、早大総長や理事らを労働基準法違反で東京労働局に刑事告訴した。原告の首都圏大学非常勤講師組合の松村委員長によると、非常勤講師は今年度から契約更新の上限を5年とする、と大学から一方的に通告されたという。

 大学側は労働基準法にもとづいて意見を聞いたとしているが、講師らは正当な手続きを経ていないと主張し、「早大はわれわれを5年で使い捨てるブラック大学だ」と批判している。大阪大学も今年度から非常勤講師の契約期間の上限を5年とする規定を設け、これに対しても労働組合が告訴する動きがあり、これは一部の大学の問題ではない。

 4月から改正された労働契約法では、非正規労働者が5年を超えて勤めると、本人が希望すれば期間の定めのない「正社員」に転換しなければならないため、多くの企業で契約社員などを5年で雇い止めする動きが広がっている。大学の場合は今まで事実上無期限に勤務してきた非常勤講師が多く、早大の場合は教員の6割、4000人が非常勤だというから、雇い止めの影響は大きい。

 私もいくつかの大学で非常勤講師をやったが、賃金はだいたい一コマ(90分)で7000円ぐらい。準備の時間や往復の交通費や試験などの事務にとられる時間を考えると、コンビニのアルバイトと大して変わらない。ところが専任講師や准教授になると実質的に終身雇用になり、教授になれば年収1000万円を超えるので、常勤と非常勤の格差は非常に大きい。

 ある非常勤講師の場合は、1週間に10コマ掛け持ちしても年収は300万円程度で、ボーナスも昇給もないので、50過ぎても生活は苦しい。カリキュラムは毎年変わるので、いつクビになるかわからないが、大学の教師というのはつぶしがきかないので、本当にコンビニぐらいしか働き口がない。

 こんなひどい差別があるのは、日本の大学だけである。文部科学省の調べによれば、アメリカの大学教員のうちテニュアをもつのは62%で、助教授では12%しかいない。一流大学ほど要件はきびしく、ハーバード大学では2300人の教員のうちテニュアは870人しかいない。それなのに日本では、准教授になったら1本も論文を書かなくても昇進し、早大の場合は70歳まで雇用が保証される。

 企業のサラリーマンは競争がないようにみえるが、いろいろな部署に配置転換され、仕事のできない社員は左遷されるので、ポスト競争は強いインセンティブになっている。ところが大学教師は専門が決まっているので、仕事のできない教師を左遷することができない。授業も学生しか聞いていないので、勤務評定もほとんどない。だから日本の大学のレベルは、主要国でも最低なのだ。

 文科省は来年度の概算要求で、10校の大学を「スーパーグローバル大学」に指定し、世界の大学ランキングの上位100校以内に入ることを目標にして100億円の予算を要求するという。しかしこのように研究者に競争がまったくない状態で、いくら補助金を出してもすぐれた研究が出てくるはずがない。

 日本の大学は、最低品質のサービスを最高料金で提供する産業である。しかも一流大学も定員割れの大学も一律に私学助成が出る。その総額は約1兆5000億円で、農業補助金に次ぐ。農業補助金が農家を甘やかして農業をだめにしたように、私学助成が大学を堕落させたのだ。助成金は大学ではなく成績優秀な学生に奨学金として出し、海外の大学にも行けるようにすればいい。グローバルに育てるべきなのは大学ではなく、人材である。

 だから日本の大学の競争力を上げるのに、100億円の予算なんか必要ない。世界の大学がどこもやっているように、教授・准教授を含むすべての教員を任期制にし、テニュア審査に合格できない教員は契約を打ち切ればいいのだ。これによって非常勤講師も優秀な研究者は教授になれ、論文を書かない教授はクビになる。それが世界の常識である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

台湾ヤゲオ、日本政府から外為法上の承認を取得 芝浦

ワールド

北朝鮮金総書記が北京到着、娘「ジュエ」氏同行 中ロ

ビジネス

米国株式市場・寄り付き=S&P・ナスダック1%超安

ビジネス

住友商や三井住友系など4社、米航空機リースを1兆円
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story