コラム

グローバル資本主義は「ユニクロ化」する

2013年05月07日(火)22時21分

 ユニクロの親会社、ファーストリテイリングの柳井正CEO(最高経営責任者)が打ち出した「世界同一賃金」構想が波紋を呼んでいる。朝日新聞で報じられたインタビューによれば、新しい人事制度では「新興国や欧米の社員と共通の土俵で働きぶりを評価し、給与も全世界で統一する」という。

 すでに欧米や中国などで店長候補以上と役員をすべて「グローバル総合職」とし、19段階の「グレード」ごとに賃金を決めた。このうち執行役員クラス50人は、どの国でも同じ評価なら報酬や給与を同額にした。年収は最低2000万円で、最上位は柳井氏の4億円だという。

 このとき柳井氏が「年収1億円と100万円に分化していく」とのべたことが話題を呼んだが、一般の社員まで世界一律になるわけではなく、「各国の物価水準を考慮する」と書かれている。購買力平価でみると、中国の100万円は日本の1000万円以上になるので、日本は100万円にはならないだろう。

 ただ長期的にみると、各国の賃金が均等化することは避けられない。労働生産性を勘案した単位労働コスト(賃金/労働生産性)でみると、図1のように日本はOECD諸国で飛び抜けて低くなり、中国の2倍以下になっていると推定される。

図1 世界各国の単位労働コスト(OECD調べ)

fig1.gif

 これに対して欧米では労働組合が賃下げを許さないため、インフレが続いているが、2008年の金融危機以降は、世界的に物価上昇率が下がり、デフレ傾向が強まっている。価格の低下は図2のように世界的な傾向で、金融危機のあと過剰債務の削減でデフレになった日本は、世界に先んじて賃下げで新興国との競争条件を強化した「トップランナー」と見ることもできる。

図2 世界各国の消費者物価指数(総務省調べ)

fig2.jpg

 賃金がグローバルに均等化すると、世界的には先進国と新興国の所得格差が縮まるが、先進国の中では柳井氏のいうように「1億円と100万円に分化する」という格差が拡大するだろう。このグローバルな価格と賃金の大収斂の中で生き残るには、ユニクロのように低賃金の国で生産して高価格の国で売る世界戦略を立てるしかない。

 もちろん、そんな世界戦略を立てられる企業は限られているので、国際競争に勝てない企業はサービス・外食・福祉・医療などの国内産業に転身するしかない。「ものづくり」にこだわってコスト割れの製品を輸出していると、半導体産業のように壊滅してしまう。

 ユニクロの労働条件はきびしいことで有名だが、その面だけを見て「ブラック企業」などと指弾するのはお門違いだ。ユニクロの店員のような単純労働の賃金が新興国に近づくことは、資本主義の宿命なのだ。ユニクロは全世界で2万人の雇用を生み出しているが、そこから逃げる企業は消滅する。

 このように資本主義がグローバル化すると、世界の労働者の賃金が生存最低限の国に近づくという未来像は、1848年にマルクスとエンゲルスが『共産党宣言』で予告したものと似ている。社会主義は死んだようにみえたが、中国を含めて新興国では健在だ。ユニクロ化する世界は、150年遅れてマルクスの予言を実現しているのかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界株式指標、来年半ばまでに約5%上昇へ=シティグ

ビジネス

良品計画、25年8月期の営業益予想を700億円へ上

ビジネス

再送-SBI新生銀行、東京証券取引所への再上場を申

ビジネス

英GDP、5月は前月比-0.1% 予想外の2カ月連
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story