コラム

原発の停止で日本経済は何を失ったのか

2012年03月23日(金)13時19分

 福井県おおい町にある関西電力大飯原子力発電所3・4号機の再稼働問題が、大詰めを迎えている。耐震性などについてのストレステストを終え、原子力安全委員会は「再稼働は妥当」との判断を示し、残るは地元の説得だ。ところが原発と無関係な大阪府市統合本部が、再稼働に強硬に反対している。大阪市の橋下徹市長
はツイッターで次のように書いている。


昨夏も今冬も、あれだけ電気が足りないと電力会社は喧伝しながら、結局安定供給です。今、関西は原子力発電は0状態ですが、安定供給状態です。いったいどれくらい足りないのか真実はやぶの中です。そうすると②電力会社の儲けのための原発政策かと疑ってしまいます。


 去年の夏、原発が止まっても「安定供給」が維持できたのは、電気事業法第27条による電力使用制限が行なわれ、企業に「15%節電」が強制されたからだ。関電の説明資料によれば、原発を再稼働しない場合、今年の夏の電力消費量のピークが発電量を上回る日が41日あると予想される。今年の夏も電力使用制限を行なえば、電力不足は逃れることができるかもしれないが、製造業は日本から出て行き、雇用は失われるだろう。

 もう一つの問題は、電力コストである。原発を止めると、代わりに火力発電所の運転を増やさなければならない。関電の2012年3月期の連結最終損益は、2530億円と過去最大の赤字になる見通しだ。この最大の原因は、原発の停止にともなって燃料費が8000億円と2010年の2倍以上に増えたためだ。これは橋下氏にいわせれば「電力会社の儲け」の問題だということになるのかもしれないが、電気料金は総括原価主義だから、コスト増は確実に電気料金に上乗せされる。

 そして原発停止は、日本経済に大きな影響を及ぼしている。みずほ総研の調べによると、2011年の燃料輸入額は21兆8000億円と、前年から4兆4000億円も増えた。GDP(国内総生産)の0.9%が燃料に消えたことになる。これはゼロ成長に近い日本経済に大きな打撃となり、貿易収支は31年ぶりの赤字になった。

 しかも原油と石炭の輸入量は2010年より減ったのに、全体の輸入額が2割以上も増えている。これは世界的な原油高の影響に加えて、日本の電力会社が原発の停止によってLNG(液化天然ガス)をスポットで大量に買い付けて相場が上がったことが原因だ。つまり原発を停止すると、日本経済の資源価格に対する脆弱性が高まるのだ。いま中東ではイランの核開発に対してイスラエルが爆撃を示唆し、緊張が高まっている。ホルムズ海峡が閉鎖されると原油価格が暴騰し、日本経済に大打撃を与えることは必至だ。

 それに対して原発を止めるメリットは、具体的に何だろうか。事故が起こると大きな損害が出るが、それは確率で割り引かなければならない。IAEA(国際原子力機関)では苛酷事故の起こる確率は10万炉年に1度とされ、これによれば54基の原発のある日本で事故が起こる確率は約2000年に1度だ。日本の原子力安全委員会は最大500炉年に1度という(非現実的に大きい)リスクも想定しているが、これだと約10年に1度だ。

 福島で想定されている最大5兆円の賠償額を事故確率で割ると、1年あたりのリスクは25億円~5000億円である。つまり原発停止のコストは燃料費だけでもGDPの1%近くにのぼるのに対して、そのメリットは最大でもGDPの0.1%程度なのだ。どんな経済行動にも、このような費用と便益のトレードオフがある。その両面を勘案した上で判断するのが政治の役割であり、片面だけを誇張するのはデマゴーグだ。

 関電の筆頭株主である大阪市は、6月に開かれる株主総会で「全原発の廃止」などを求める株主提案を出す方針だというが、彼らはこのような損益のバランスを検討したのだろうか。橋下氏のお気楽なツイッターには、そういう形跡はまったく見えないのだが。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ワールド

英EU残留の可能性を否定、独政府報道官「投票で決ま

ワールド

スペイン暫定首相、1カ月以内に連立政権樹立の意向

ワールド

英EU離脱、欧州にとって改革の機会に=イタリア首相

ワールド

英離脱決定、市場はEUの統治不能を懸念=メルケル独

MAGAZINE

特集:英国はどこへ行く?

2016-6・28号(6/21発売)

EU離脱の是非を問うイギリス国民投票はいかに──。統合の理念が揺らぐ欧州と英国を待つ未来

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    もし第3次世界大戦が起こったら

  2. 2

    英キャメロン首相「EU離脱派6つのウソ」

  3. 3

    ISISが3500人のNY「市民殺害リスト」をアプリで公開

    無差別の市民を選び出し、身近な標的を殺せと支持…

  4. 4

    ハーバードが絶賛する「日本」を私たちはまだ知らない

  5. 5

    未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

  6. 6

    Windows10の自動更新プログラム、アフリカのNGOを危険にさらす

  7. 7

    「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗

  8. 8

    搾取されるK‐POPのアイドルたち

  9. 9

    安倍首相、消費増税再延期へ、サミットで経済状況リーマン級の危機と各国に説明

    財政出動への支持取り付けと消費増税延期への地な…

  10. 10

    コンビニATM14億円不正引き出し、管理甘い日本が狙われる

    アフリカ諸国、東欧、中東などでは不正分析ソフト…

  1. 1

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  2. 2

    英国のEU離脱問題、ハッピーエンドは幻か

    欧州連合(EU)にさらに権限を委譲すべきだと答え…

  3. 3

    伊勢志摩サミットの「配偶者プログラム」はとにかく最悪

    <日本でサミットなどの国際会議が開催されるたび…

  4. 4

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  5. 5

    移民問題が「タブー」でなくなったわけ

    ここ数年、僕たちイギリスの国民は、一部の政治…

  6. 6

    間違い電話でわかった借金大国の悲しい現実

    ニューヨークに住み始めた僕は、まず携帯電話を手…

  7. 7

    中古ショップで見える「貧困」の真実

    時々僕は、自分が周りの人々とは違った経済的「…

  8. 8

    美学はどこへ行った?(1):思想・哲学・理論

    <現代アートの国際展は、思想や哲学にインスパイアさ…

  9. 9

    パックンが斬る、トランプ現象の行方【後編、パックン亡命のシナリオ】

    <【前編】はこちら> トランプ人気は否めない。…

  10. 10

    【市場】いよいよ終わりの始まりが始まった

    いよいよ終わりの始まりが始まった。それは日銀のマ…

  1. 1

    メルセデス・ベンツの長距離EV、10月に発表=ダイムラー

    ドイツの自動車大手ダイムラーは、メルセデス・…

  2. 2

    英国のEU離脱派と残留派、なお拮抗=最新の世論調査

    11日に公表された世論調査によると、英国の欧…

  3. 3

    米フロリダ州の乱射で50人死亡、容疑者は警備最大手に勤務

    米フロリダ州オーランドの、同性愛者が集まるナ…

  4. 4

    米国株式市場は続落、原油安と世界経済懸念が重し

    米国株式市場は2日続落で取引を終えた。原油が…

  5. 5

    ECBのマイナス金利、銀行に恩恵=コンスタンシオ副総裁

    欧州中央銀行(ECB)のコンスタンシオ副総裁…

  6. 6

    英国民投票、「EU離脱」選択で何が起こるか

    欧州連合(EU)は6月23日の英国民投票を控…

  7. 7

    インタビュー:世界的な低金利、エンダウメント型投資に勝機=UBSウェルス

    UBSウェルス・マネジメントのグローバルCI…

  8. 8

    NY市場サマリー(10日)

    <為替> 原油安や銀行株主導で世界的に株安が…

  9. 9

    焦点:タカタ再建、「ラザード」効果で進展か 車各社との調整に期待

    欠陥エアバッグ部品の大量リコール(回収・無償…

  10. 10

    クリントン氏優位保つ、トランプ氏と支持率11ポイント差=調査

    ロイター/イプソスが実施した最新の世論調査に…

定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
リクルート
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

モハメド・アリ、その「第三の顔」を語ろう