コラム

「失われた30年」に向かう日本

2010年12月23日(木)19時13分

 1990年代の日本経済は「失われた10年」と呼ばれたが、その状況は2000年代になっても変わらず、「失われた20年」といわれるようになった。そして今年は「失われた21年目」だったが、その状況は変わらないまま失われた30年に向かっている。2000~2010年の実質成長率は平均約1%で、G7諸国で最低。政府債務はGDPの約2倍で、同じく最悪だ。今年を振り返って、日本が長期低迷を脱却できない理由を考えてみよう。

 昨年の総選挙で民主党が政権を取ったとき、「小泉政権の構造改革で日本経済がだめになった」と自民党を攻撃したが、民主党政権でさらに経済は悪くなった。失われた20年のうち、2001~6年の小泉政権の時期は経済が持ち直し、いざなぎ景気を超える長期の景気回復が実現した。それが失速したのは、その後の政権で改革が後退し、バラマキ財政に戻ったからだ。

 民主党やみんなの党の一部議員には、「日銀の金融緩和が足りないから『デフレ不況』になった」という意見もあるようだ。しかしバランスシートを2倍以上に拡大する過激な金融緩和を行なったアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)は、景気を回復させることができない。企業や住宅保有者が過剰債務に苦しんで資金需要がないので、いくら資金供給を増やしても市中に資金が流れないのだ。これは90年代の日本と同じ状況で、かつて日本を嘲笑していた欧米諸国が日本の経験に学び始めている。

 経済成長は長期の構造問題なので、金融・財政政策ではコントロールできない。教科書的にいうと、成長の要因には資本蓄積労働投入生産性の三つがある。このうち資本蓄積はほぼ一定率なので、問題は労働と生産性だ。特に労働人口は1995年の8700万人をピークにして毎年0.5%ずつ減っており、資本蓄積をほぼ相殺する。つまり生産性が上がらない限り、ゼロ成長が続くということだ。

 労働人口の要因はかなり大きい。1945年から70年までの25年間で実質GDPは10倍になったが、そのかなりの部分は人口増加と人口移動で説明できる。この時期に人口が1.5倍に増えただけでなく、賃金の安い若年労働者が増え、農村から都市に移動したため労働生産性が上がった。このように単純な人口増でGDPが増えることを人口ボーナスと呼ぶ。

 この逆に、いま起きているのは労働人口の減少と高価で生産性の低い中高年労働者の増加だ。そして彼らが引退すると、その年金負担が現役世代に重くのしかかる。現在は現役3人で年金生活者1人を養っているが、2023年には2人で1人を養うことになる。年金負担は現在の1.5倍になるわけだ。このように人口が減ることによって成長が鈍化し、社会保障などの負担が重くなることを人口オーナスと呼ぶことがある(オーナスは「重荷」という意味)。

 しかし人口減少は宿命ではない。90年代の日本の高齢化率は、欧米諸国よりも低かった。アジアでも韓国やシンガポールや台湾などは日本より急速に高齢化が進んでいるが、成長率は高い。それは労働生産性が高いからである。労働人口が毎年0.5%減っても、労働生産性がそれ以上に上がれば成長できる。日本の問題は、前述のように労働生産性が低く、その上昇率も低いことだ。

 ただ製造業だけをとれば、労働生産性は主要国でアメリカに次いで高い。問題はサービス業の労働生産性が低いことだ。この原因としては、流通業などの規制が多いことと、長期雇用や年功序列などの古い雇用慣行のために、業績の悪い会社からいい会社に労働者が移りにくいことが挙げられる。個々の労働者はよく働いているのだが、業績の悪い会社が大量の社内失業者を抱えているため生産性が上がらないのだ。

 若者がどんどん増えた高度成長期には、彼らを安い賃金で雇う一方、中高年の賃金を上げる年功賃金で「この会社にずっと勤めたら報われる」というインセンティブを強めることができたが、中高年が若者より多くなると、これは企業の賃金コストを圧迫する。つまり人口要因と労働市場の非効率性が複合して、この長期停滞が生まれたと考えられる。

 人口減少は避けられないが、労働人口の減少はある程度、食い止められる。特に日本の女性の労働参加率は主要国で最低で、総合職の女性が結婚・出産で退職すると、再就職はパートしかない。また保育所など女性の就労を支援する設備が整っていないので、女性が長く働けない。新卒で採用して定年まで雇う硬直的な雇用慣行のおかげで、女性が労働力として活用できないのだ。

 だから日本が停滞を脱却するために必要なのは、「グリーン」とか「エコ」に補助金を投入する「成長戦略」ではなく、高度成長期に適応した雇用慣行や企業組織を見直し、人口減少期にふさわしいシステムに変えることだ。成長率を高めるために政府ができることは少ないが、障害を取り除くことはできる。民主党政権のやろうとしている派遣労働や契約社員の規制強化は、労働市場をますます硬直化して不況を長期化させるので、即刻やめるべきだ。

 日本経済は「停滞」の時期を過ぎて「衰退」の時期に入った。労働市場の問題には民主党も自民党も消極的だが、このまま問題を先送りしていると、財政破綻によって「突然死」するリスクもある。来年こそ問題を直視し、何かを得る年にしたいものだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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