コラム

「コロナ対策でAIは期待はずれ」米ゲノム学の権威Eric Topol医師

2021年04月30日(金)08時39分

「今回のパンデミックにはわからないことが多過ぎる」 primeimages-iStock.

<新型コロナウイルスに対して、AIという人類の新兵器はなぜ成果を上げられないのか>

「コロナ対策に関しては、AIは期待はずれというか、あまり貢献できていません」。米医学界の権威、Eric Topol医師はそう切り捨てる。

同医師は、論文引用数で10位以内に入る世界的なゲノム学の研究者で、「医療の創造的破壊」「患者は見ている」など、ベストセラーとなった著書も持つ。日本語にも訳された近著「ディープメディスン」では、「AIが医療のあり方を劇的に変える」として、医療に対するAIの可能性を大きく持ち上げている。

にもかかわらず、新型コロナウイルスに対してはAIの貢献は期待はずれだと言う。どういうことなんだろうか。zoom通話を通じて同医師に直接取材してみた。

「もちろんAIが役に立った部分もあります。でもAIがなければ不可能というような大きな貢献は今のところありません」と同医師は言う。

例えば患者がコロナに感染しているかどうかを判断できるAIモデルが開発されている。しかしAIでなくてもCATスキャンなどの従来から存在する手法でも判断は十分に可能。「AIで精度が画期的に上がったわけでもありません」と同医師は言う。

また患者が重篤化しそうかどうかを予測するAIモデルもできている。しかし「AIに予測してもらわなくても、医者なら患者を診察しただけで重篤化しそうかが分かるだろう」と言う。

コロナの歴史データがもっと要る

もちろんAIの貢献が皆無というわけではない。現在米国で使われているコロナの治療薬の1つは、無数の分子候補の中からAIが有力候補を絞り込むことで、薬の開発過程を大きく短縮できた。「その程度の貢献はありました。でも期待していたほどではありません」と同医師は言う。

なぜAIの貢献は期待はずれなのだろうか。「まだコロナ感染が始まってから、時間がたっていないからです」と同医師は説明する。AIはデータがすべて。データがなければただの箱と揶揄されることもある。患者の数というデータは十分に存在するのかもしれないが、時間軸でのデータがまだまだ限定的だからだ。

同医師によると、今回のパンデミックに関しては、分からないことが多過ぎるという。「なぜウイルスが心臓に侵入するケースがあるのか」「なぜ症状が1年も続くケースがあるのか」「なぜ特定の人は後遺症が長引いて仕事に復帰できないのか。分からないことだらけです」と言う。

感染者によって症状が大きく異なるのであれば、遺伝子情報に照らし合わせて、どの遺伝子を持つ人がどんな症状になるのかをAIで解析できるはず。Topol医師は、遺伝子情報をベースに患者一人一人にあった医療を提供するオーダーメイド医療を早くから提唱していた一人でもある。なぜAIを使ったオーダーメイド医療を促進できていないのだろう。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

焦点:英で「トラスショック」以来の財政不安、ポンド

ワールド

中国商務省、米国に貿易合意の維持求める 「苦労して

ワールド

中国、EU産ブランデーに最大34.9%関税 主要コ

ビジネス

TSMC、熊本県第2工場計画先延ばしへ 米関税対応
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story