コラム

「台湾のコロナ成功」には続きがあった──オードリー・タン氏講演から

2021年02月18日(木)17時30分

ところが午前10時までに在庫分の整理券を全部配って、もう在庫がない状態にもかかわらず、入力作業が終わるお昼休みまで地図上には「在庫あり」と表示され続けることになった。当然これを見た人たちが来店する。でもマスクを入手できないので、店主に苦情を言うようになった。なので店主は「アプリを信じるな」という張り紙をしたのだという。

この問題をどう解決すればいいのだろう。健康保険番号をスキャンする仕組みが一番いいのだろうが、システム導入には巨額の予算と時間がかかる。すぐにできる簡単な対処方法はないものだろうか。タン氏は悩んだ。

ところが解決策は、この店主が簡単に見つけ出してくれた。整理券を配り終わったあとに、店主はアプリ上のマスク発注枚数の入力箇所に「ー500 」と入力した。発注枚数がマイナスになることなど、ありえない。アプリのシステムは予想外の入力にうまく対処できなかったのか、マップ上の店舗の色を「在庫なし」を意味する灰色に変えた。健康保険の番号をすべて入力するのには何分もかかるが、この方法なら一瞬で店舗マークを灰色に変えることができた。

エンジニアたちは、まったく新しい発想で問題の解決策を見つけ出すことを「ハックする」という言葉で表現する。店主はエンジニアではないが、見事にハックしたわけだ。

非エンジニアを巻き込んでこそのDX

この方法にヒントを得たタン氏は早速、発注アプリに「在庫なし」のボタンを表示させる修正を加えた。「ー500」と入力しなくても、このボタンを押すだけで、自分の店には在庫がないということを一瞬で表示させることができるようになった。

「シビックテックは、みんなで1つになることが重要なんです」とタン氏は強調する。デジタル庁を作っても、デジタル庁だけがデジタルトランスフォメーション(DX)に取り組んでいてはいけない。政府一丸であっても、それだけではだめ。政府主導、民間協力でもだめ。政府とエンジニアが対等に取り組むだけでも、だめ。「アプリを信じるな」と張り紙した店主のような人が参加してこその「シビックテック」。タン氏はそう強調する。

社会にはいろいろな意見の人がいる。なので社会全体が危機に面したときには、ともすれば社会は分断しがちだ。人命重視派 vs 経済重視派、技術を使いこなす派 vs 技術苦手派などといった分断だ。しかし、どちらか一方の意見にだけ寄り添うのではなく、双方に共通した価値観、目指すべき共通のゴールがないかを探るべきだとタン氏は主張する。そしてその共通した価値観、ゴールに向かって、技術は何ができるのか。それを政府、エンジニア、非エンジニアの人たちが一緒になって考えて、提案していく。それがシビックテックだとタン氏は言う。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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