コラム

脳神経を制する者は身体を制す、ニューロモジュレーションの現状と未来

2019年12月10日(火)12時50分

同医師は、低価格と安全性の理由からtDCSが広く利用されるようになり、データを収集することができれば、理想的な研究プラットフォームになり得る、と指摘する。

後述するが、同医師は、ニューロモジュレーションの領域で将来、刺激と同時にデータを収集するフィードバックループのプラットフォームが形成されることになると考えている。そうしたプラットフォームが巨大ビジネスになることは間違いない。まずは、tDCSで研究プラットフォームが作れるのか。その研究プラットフォームが果たして、巨大ビジネスへの足掛かりとなるのか。ニューロモジュレーション・ビジネスの最初の動きとして、個人的にこの領域の動向に注目していきたいと思う。

体内を「迷走」する迷走神経は万能薬?

tDCSほどビジネスとしての立ち上がりは早くないが、将来的に大きな可能性を持っているのが、迷走神経だ。迷走神経のすごいところは、人体のほとんどの臓器につながっているところ。「迷走神経(Vagus nerve)」の「Vagus」は、中世のラテン語で「放浪」の意味があるという。体内のあちらこちらに張り巡らされている、という意味らしい。

今は、てんかんや強度の鬱の治療法として迷走神経刺激療法が利用されているが、体内のあちらこちらに張り巡らされていることを利用し、将来的には身体の様々な臓器や機能の治療や、各種能力の開発に利用できるかもしれないという。

現在の研究領域としてまずは、炎症の制御がある。迷走神経を刺激することで、体内のいろいろな臓器や部位の炎症を抑えることができるかもしれないという。

また、強度の鬱の患者の迷走神経の一部を切断することで、鬱が治療できる可能性があるという。

このほか迷走神経への刺激は、グリセミック指数や、心拍変動、胃腸運動性などにも影響を与えることができるとみられている。

このように医療向けにもその可能性はかなり大きいが、消費者向けのカジュアルな利用にも期待が寄せられている。

例えば、迷走神経を刺激することで、脳波の中でもガンマ波を増強できることが分かっている。チベットの高僧など瞑想の達人が深い瞑想状態に入ると、ガンマ波が増強すると言われている。つまり迷走神経を皮膚の上から刺激する安価なデバイスが開発されれば、だれもが簡単に達人並みの瞑想状態に入れることになるわけだ。

このほか消費者向けには、リラクゼーション、鎮痛効果、集中力向上、食欲コントロールなど、同医師によると「数多くのビジネスチャンスがある」と言う。

マルチモーダル、フィードバックループが未来

さて個人的に最も興味深かったのは、同医師が考えるニューロモジュレーションの未来だ。

同医師は「ニューロモジュレーションが人類を進化させるTransTechになるためにはデータが必要だ」と強調する。

どの程度の刺激で身体にどのような影響を与え、どのような効用があり、どのような副作用があるのか。データを収集してAIで解析すべきだという。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訪日客11月は10.4%増、紅葉で好調続く 中国は

ビジネス

日経平均は反発、米雇用統計通過で安心感 AI関連も

ワールド

ブラジル中銀、金利据え置き戦略は適切と現時点で結論

ビジネス

米テスラ、カリフォルニア州で販売停止命令 執行は9
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story