コラム

「文明を与えてくれた中国」への忖度が日本にもたらす悪夢

2021年04月13日(火)18時00分

「一衣帯水」は政治的スローガンにすぎないが REUTERS/Thomas Peter

<中国を文化の恩人扱いする日本人の精神的善良さが世界との間に溝を生む>

日本には一種の目に見えない暗闇の力がある。中国への忖度、配慮、自粛という力だ。

今、この暗黒の力が日本と世界の民主主義陣営とを引き裂こうとしている。中国によるウイグル人弾圧をアメリカがジェノサイド(集団虐殺)と認定し、EUも人権侵害として制裁に踏み切ったのに対し、日本も菅義偉首相の訪米で「対中非難決議」を手土産にしたかったらしいが、対中宥和勢力の反対で頓挫したままだ。

「巨大な暗黒勢力」の源泉はどこかというと、実は日本人の精神的善良さにある。古代から続いた制度、思想や文化、それらを表現する文字などを「中国から教えてもらった」と多くの日本人は信じ込んでいる。

実際に日本からの留学生や留学僧に対して中国人がどれだけ親切に教えたかは不明だが、「中国は文明を与えてくれた大人の国」と日本人は理解し、「中国人は皆、孔子様が論語の中で唱えていたような聖人君子のように行動する」と考えているらしい。

1989年3月末に私が留学生として来日して間もない頃だ。ある大手出版社の編集者が「論語を現代語に訳し、その素晴らしい伝統を維持している中国について書けば売れる」と誘ってきたが、私は「有名人」になる近道を断った。

私自身、文化大革命中に「林彪と孔子を批判する運動」に参加し(させられ)、紅衛兵に破壊された孔子墓を見学したことがある。2500年前の孔子と、儒教復活を説いたとする林彪元帥とを結び付けて批判するのは政治闘争とも感じていた。子供が親の「反革命行為」を、妻が夫の「スパイ経歴」を当局に密告していたのも目撃した。

文質彬彬(ひんぴん)とした中国人は現実の社会にはおらず、逆に聖人君子を政治利用する中国人を聖人君子扱いする日本に違和感を覚えた。同年6月4日に起きた天安門事件で国民を弾圧した共産党政府に対しても、日本は欧米より甘い態度で交渉し、西側陣営の中で最も早く制裁を解いた。

当の中国も日本人の心理を見事に見抜いている。「中国文化の恩恵を浴びながらも中国を侵略してしまった」という贖罪観で行動を束縛されている日本人の心情を逆手に取り、歴史カードを実に有効に使ってきた。

日本は事実上の戦後賠償金であるODA(政府開発援助)と最新の先端技術を長らく提供し続けたが、中国は常に反日カードを使って主導権を握り続けた。「歴史を反省しろ」と中国がにらみを利かすと、日本中が凍り付くような状況が続いてきたと言っても過言ではなかろう。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story