9.11からスリランカテロまで──ムスリムエリートのゆがんだ使命感

スリランカ同時多発テロの実行犯ら The Amaq-Site Intel Group-Handout-Reuters TV-REUTERS
<スリランカ同時爆破テロ犯の素顔は貿易商や元留学生だった......植民地化で富と知識を得たエリートが解放を叫ぶ心理>
スリランカで4月21日に起きた同時爆破テロは犠牲者253人という大惨事となった。その後、テロの首謀者や実行犯の意外な人物像もまた、世界に衝撃を与えた。
テロ実行犯9人は、そのほとんどが富裕層で、中にはイギリスやオーストラリアへの留学経験者もいた。容疑者の1人、ユスフ・ムハンマド・イブラヒムはスリランカの有力な香辛料貿易商。インド洋からアラビア世界を経てヨーロッパ各国へ運ばれるスパイスの輸出入で財を成した。その息子たちも実行犯となり、コロンボの高級ホテルで自爆。日本人を含む大勢の市民が巻き込まれた。
香辛料はスリランカの歴史を語る上で欠かせない、重要なシンボルだ。セイロンと呼ばれていた平穏な島に西洋列強が現れたのは16世紀初頭。ポルトガルとオランダ、イギリスはこの美しい島を植民地に改造。洋の東西の要に位置する島から産出する香辛料を略奪して潤い、現地の人々を搾取した。
西洋に流入した富が近代資本主義の発達を支えた、と奪われた側の南アジアの人々は認識している。ムスリムは人口でこそ少数派だが、アラブ商人の子孫としてのアイデンティティーを有し、同国の経済界を牛耳ってきた。イブラヒムもそのような歴史を背負った1人だろう。
貧困層生まれという俗説
テロリストは日常的にこわもての顔をしているわけではない。現にイブラヒムは紳士的で、慈善活動に熱心だったという。ムスリムにとって喜捨は5つの義務の1つで、貧者や負債者、困窮者に財産の一部を自発的に施さなければならない。イブラヒムは率先して喜捨を実行していた、と現地のムスリムは証言している。彼の息子たちも孤児に食べ物を分け与えていた姿がよく目撃されていた。
これは「テロリストは貧困層から現れる」、つまり貧困や失業、差別で絶望に追い込まれた若者が過激派に加わるという俗説を裏切る現実だ。そのような青年もいなくはないが、テロリストの多くは近代の植民地支配の現実に目覚めたエリートであるという冷徹な事実を認めなければならない。
そうした知識人は一見、植民地支配の恩恵にあずかっているかのように見える。だが彼らはエリートとして、西洋列強からのムスリム全体(「イスラムの家」)の解放という使命感も強烈に抱いている。その自負心が彼らをテロに駆り立てるのだ。
国際テロ組織アルカイダの最高指導者だったウサマ・ビンラディンは、サウジアラビアの実業家だった。79年のソ連によるアフガニスタン侵攻の際、ロシア人の侵略から「ムスリムの同胞を解放」しようと大勢の「聖戦士」が駆け付けた。
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