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パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです

RIKAママ|フランス

東日本大震災から10年 あの時に感じたことが現実になったフランス

コロナウィルスに立ち向かうフランスの道のりは、まだまだ長い     pixabay画像

東日本大震災から10年が経った3月11日には、フランスでも各局がゴールデンタイムの時間帯のトップで東日本大震災から10年を報道。10年前の津波や地震の衝撃的な映像や福島の原子力発電所の事故を振り返るとともに、現在の福島の様子を伝えていました。また、その日の朝6時過ぎにマクロン大統領も、「Mon message pour peuple japonaisーAu nom de l'aminité qui nous unit」(日本人へのメッセージ 私たちを結ぶ友情の名において)自らが動画で語りかける日本へのメッセージをツイッター上で発信しました。ジャケットは着ているものの、ネクタイはせずに敢えてラフなスタイルで登場したマクロン大統領のメッセージは、全編フランス語、最後の一言だけ、「MINASAN TO ISSYO NI MIRAI WO !」だけが日本語の2分ちょっとの短いものでしたが、長くフランスに住む私としては、この日本で大変な悲劇の起こった日に、マクロン大統領が日本へのメッセージを発信してくれたことは、ちょっと嬉しかったのです。

マクロン大統領の日本へのメッセージ(全文)

「ちょうど10年前の2011年3月11日、日本はかつてない規模の大地震と津波に襲われました。今日、私は当然、何よりもまず、この恐ろしい震災の犠牲者と家族、全てを残して直ちに避難しなければならなかった数十万人の被災者に思いを寄せます。フランスと世界中の多くの人々と同様、私もこの日、これらの恐ろしい映像を通して、家族、町や村、全ての人々に想像を絶する苦しみを与えた荒れ狂う自然の脅威を思い知らされました。そして、この悲劇に加え、原発事故と人々への影響に対する懸念が追い討ちをかけました。しかし、私はすべてのフランス人と同様に、試練に見舞われた人々の勇気と尊厳、私たちも含め世界中に大きく広がった連帯と支援の輪、私たちを結ぶ友情の表れも目にすることができました。フランスの各都市、地方自治体、市民団体、企業、個人、日本在住のフランス人も含め、フランス全体が被災者を支援しようと立ち上がりました。世界がパンデミックに直面している今、この場をお借りして日本国民の皆さんの抵抗する力、復元する力に敬意を表します。10年間、被災した地域を復興させ、活気を取り戻すために惜しみない努力が注がれてきました。今日、この希望のメッセージは、フランス人と日本人、私たち皆にウィルスの試練を乗り越える力を与えてくれます。この希望のメッセージは、皆さんの国と皆さん一人一人が、この10年間、私たちに与えてくれたものです。さあ、一緒に未来に目を向けましょう!皆さんと一緒に未来を!(MINASAN TO ISSYO NI MIRAI WO !」

しかし、よくよく聞いてみると、このメッセージは単なる日本人へのメッセージというよりも、フランスの海外向けのアピールのような気もして、正論を語っていながら、なぜか今ひとつ響いてこない、なんか、おさまりの悪いものであるような気もするのです。

                     

10年前のあの日と周りのフランス人の反応

日頃、日本が思っている以上にフランスにとって、日本は遠い国で、フランスで日本のことが大々的に報道されることは滅多にありません。しかし、さすがに10年前の東日本大震災の時は、例外で、連日連日、特番が組まれ、毎日のように報道されていました。あの日の朝、起きて日常の習慣のように時計がわりになっていたテレビのニュース番組をつけると、まだ起き抜けでぼんやりしていた私の耳に「ジャポン・・TSUNAMI・・」を連呼する声が聞こえてきて、思わずテレビを覗き込むと、車や家が流れていく、一瞬では理解できないような映像が流されていて、思わず、しばらく座り込んでテレビの画面を凝視してしまいました。その後も連日のように続く報道は、衝撃的な津波の映像とともに、現地の被災者の避難所での様子などが繰り返し伝えられてきました。避難所でも、配給などを待つ人々は礼儀正しく、きちんと列に並び、周囲の人を思いやりながら生活する様子には、胸を打たれました。また、原発事故に関しても電力供給の80%以上を原子力発電に依存しているフランスとしては、見逃せない出来事として、注目度が高かったのかもしれません。

それにしても、当時は、フランス人の注目度も高く、私が日本人と知ると、ずいぶん、見ず知らずのフランス人からも、「あなたのご家族は、大丈夫だった?」「大変な災害だったわね・・」「それにしても、日本人は、あんなことがあっても、慌てずに、我慢強くて、礼儀正しくて、きちんと列にも並んで素晴らしい国民なのね・・あんなことがフランスに起こったら、殺し合いになるわよ!」などと、ずいぶん話しかけられたものでした。日本人と知って、そうして日本に対するいたわりの声を見ず知らずの私にまでかけてくれるのがフランス人でもあるのですが、実際、私もあの避難所での被災者の様子を見ながら、「皆が困難な状況の中、周囲を思いやって、いたわりあいながら、規律正しく暮らしていける人々ってなんてスゴいんだろう! これがフランスで起こったら、大変だろうな・・」と思っていたので、そんな風に声をかけられて、「自分たちも非常時にパニック状態になることは、自覚しているんだな・・」と内心、思っていました。しかし、その時は、私も、フランスは地震がない国でよかったなどと思っていたのですが、天変地異ともいうべくコロナウィルスによるパンデミックが世界中を襲ったのです。

コロナウィルス発生から1年で犠牲者が9万人を超えたフランス 「あんなこと・・」が起こってしまった・・

東日本大震災から10年を振り返るとともに、フランスでは、昨年の最初のロックダウンから1年を迎え、その一年間を振り返る時期に来ています。フランスは、昨年の衝撃的な最初のロックダウンから2回のロックダウンを経て、その間、感染は、減少・増加を繰り返しながら、現在は、ロックダウン回避の対策をいくつも取りつつも、再びピークを迎えようとしています。東日本大震災の時に、「あんなことがフランスで起こったら大変なことになる・・」と言っていたとおり、フランスは現在、大変なことになっています。当初からの総感染者数は400万人を超え、死亡者数は、東日本大震災の死亡者数1万8千人をはるか上回る9万人を突破して、未だおさまる気配はありません。地震とコロナウィルスとは種類は違いますが、大災害という面では共通するところがあります。まさに「あんなことが起こったら・・」と言っていた「あんなこと・・」が起こってしまったのです。そして、この災害時においては、日本人の真面目さや規律正しさ、周囲への思いやりのある行動などは、フランス人とは、比べ物にならないと思っています。あの震災時の避難所で譲り合い、労りあいながら、生活していた日本人の根底に流れるものが、パンデミックという局面でも顕著に表れているのです。

マクロン大統領は、「試練に見舞われた人々の勇気と尊厳」と今回の日本人へのメッセージの中で日本人を讃えてくれていますが、その勇気がどこから来ているものか、わかっているのだろうか?と思ってしまいます。彼は、あらゆるスピーチの中で「連帯」という言葉をとてもよく使いますが、この「連帯」という言葉の意味の受け取り方の違いを感じずには、いられません。「試練に見舞われた人々の勇気と尊厳」の根底にあるものは、「周囲への思いやり」です。困難な状況を耐えることも勇気です。この「耐える」という面がフランス人には欠けています。日本よりも数倍、厳しい生活制限が敷かれ続け、フランスでは、レストランなどもここ一年で、数ヶ月しか営業されていません。にもかかわらず、いつまでも感染拡大が避けられないのは、フランス人には、この「耐える」という力が欠けていると思わずにはいられません。そして、この厳しい生活制限に耐えきれない若者の傷害事件などがフランスでは多発し始めています。「あの衝撃的な大震災を乗り越えてきた日本のチカラ、世界中が寄せた連帯のチカラは、ウィルスの試練に立ち向かう希望を与えてくれた」というマクロン大統領の言葉がしっくり来ないのは、目には見えない日本人が積み重ねてきた底力が、フランスには、必ずしも当てはまらないものであるからで、日本でできたことが必ずしもフランスでは可能ではないことから、空々しいきれいごとに聞こえてしまうのです。

そんな現実との乖離、世間のフランス人との認識のズレがフランスの今の状況を招いているのかもしれません。

 

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著者プロフィール
RIKAママ

フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。

ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」

Twitter:@OoieR



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