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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

新型コロナワクチン、EU の「交渉力」と偽善

クレジット:solarseven

私が住むベルギーでは、新型コロナワクチンの接種がにわかに進み始めた。7月11日までに18歳以下すべての人口に少なくとも一回の接種がいきわたるとフランダース地方の大臣は発表。さっそく50代の連れ合いに、ワクチン接種招待メールが届いた。一回目接種は6月1日、2回目が6月29日らしい。ブリュッセルでは同世代(40代)の友人がすでに2回目接種。早い展開の一因は、ブリュッセルとワロン地方(フランスに近いフランス語圏)にワクチン懐疑主義者が多く、報道によると40%が「受けない」選択をしているかららしい。

ワクチンをめぐる「政治」は前回のブログでも書いたが、何重にもわたってえげつない。

私はできれば未知の物質を体に入れたくないし、ワクチンを受ければ安全ともちっとも信じていない。連れ合いも含め、喜び勇んでワクチン接種に行く人たちにやや違和感がある。国境を超える移動ができなくなるだろうから、接種は仕方がないと思っているが、こんな「個人の自由」云々を言っているのは、たまたま欧州に住んでいる自分も含めて、世界中で見れば少数派。その偽善性も重く認識している。

世界的なワクチンの不足は日本にいれば肌で感じるところだろう。インドでは5月前半のピークから半減とはいえ一日20万人以上が感染してる。ワクチン製造と途上国への輸出の頼みの綱であったセラム・インスティチュート・オブ・インディアは、国内の感染予防で手一杯で、輸出ができなくなった。

ワクチンが世界的に不足する中で、上の地図からもわかるようにその分配は一部の国に偏っていている。EUは加盟27カ国が一丸となって共同で、初期に製薬会社と交渉に当たったので、比較的強い交渉力を発揮し、結果としての買い占めが可能だった。交渉内容は秘密裏で、EU議会も市民も蚊帳の外だったが。

どうしてこれほどの不足と不平等な分配になっているかと言えば、片手で数えれられるだけの大手製薬会社が、新型コロナワクチンの生産と販売を独占的に支配しているからだ。知的財産権という国際的なルールが特許を過剰なまでに保護し、世界各地でワクチンを生産することを許さない。作られた希少性を背景に、お金と政治力にモノも言わせる国家のワクチン・ナショナリズムが横行している。

世界的な公衆衛生の危機下で、新型コロナウイルス感染症ワクチン、薬、検査法など医療ツールにおいてはコロナ危機が終焉するまで一時的に特許を放棄することを求める世界的な世論が、ここ半年でどんどん大きくなっていった。このことについて話し合う国際貿易機構(WTO)では、インドや南アフリカのリーダーシップで62か国がこれを共同提案し、現在100か国以上に支持されている。

コロナ特定の知的財産権の一時的な停止TRIPS ウェイバーという)に反対してきたのは、米国やEU(27カ国)を筆頭に、英国、ノルウェー、スイス、日本、オーストラリアといった一握りの先進国とブラジルであった。ところが製薬会社の既得権益の中枢である米国が、国内外の世論を受けて5月5日、特許の一時的停止に賛成したというニュースが世界中を驚かせた。

これにはEU上層部も驚いた。実のところ、米国がTRIPS ウェイバー賛成に回るまで、EUの政治家も官僚も知的財産権の議論を過小評価し、まともに話し合ってさえ来なかった。EUはトランプ(政権)が滅茶苦茶な国際政治をしている間は、何を言ってもやっても誠実に見える「おいしい」立場を謳歌してきた。バイデン政権に代わって、世論や国際協調の圧力に応えるまともな政治が始まると、EUはかすみ、TRIPS ウェイバーに至ってはEUの強欲、利権、覇権、モラルの欠如が如実に現れた。

実際、アメリカのTRIPS ウェイバー賛成後、EUや、日本はどう動いたのか。EUは今となってはTRIPS ウェイバーに強固に反対する唯一の大きなブロックとなった。日本は他の先進国と同様、過剰な知的財産権の擁護を長年支持してきたが、常に追随の対象である米国が態度を180度変えたことで自身の態度を軟化。「米国が賛成に回った以上、日本もそれに従う、波風は立てない」と茂木外務大臣は答弁しているという。そんなにこだわりないなら、なんで今まで激しく反対してたの?

EUは最初、楽天家の仏マクロン大統領がアメリカに続けーと威勢よく声を上げたが、すぐに国内の製薬会社とドイツの圧力でしぼんだ。今、TRIPS ウェイバーにはっきりと賛成しているのはスペインで、イタリア、ポーランドがそれに続く。製薬企業が集中する大国ドイツが強固に反対なので動きは悪い。メルケルさんはTRIPS ウェイバーは「貧しい国を救済する解決ではない。中国に利用されるだけ」と頑なだ。ベルギーは開発担当大臣が賛成をいち早く表明、気運が高まったが、連立の一党が反対し合意に至っていない。

とにかく知的財産権の根本的な議論を避けたいEUのリーダーたちは、今月25日、年内までに貧しい国々に一億回分のワクチンを寄付すると発表した。ヨーロッパ中心主義、不道徳といった批判をかわすPR活動に必死だ。

この数をどう見るか。先日28日のWHO(世界保健機構)の会合で、インドネシアの保健省大臣は製薬会社がノウハウを共有さえすれば国内の6つの製造会社で年間55000万回分の製造が可能だと語った

自分の国だけを守ったってウイルスは国境を簡単に超えるので、結局は戻ってくる。ウイルスは変異を続けているし、別のウイルスのパンデミックが数年後に起こっても全然おかしくない状況になっている。一部の独占企業の知的財産権や巨額の利益を守ることに固執するような次元を完全に超えているのではないか。EUはワクチン開発と購入に莫大な公的資金を使って、EU市民第一主義を通しているが、パンデミックが世界中で収束しなければ、今までの巨額の「投資」もおじゃんになる。

日本の政治家の東京オリンピックへの妄信と、ヨーロッパの政治家の知的財産権の固執をかけてなんと解く。その心は、利益と利権を見て、命と人間を見てない!

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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