World Voice

中東から贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト

エジプト人はアラブなのか? 遺伝的な解析の驚きの結果とは

筆者撮影 - ナイル川に沈む夕日

トルコからエジプトに引っ越してきて3か月ほどが経過しました。エジプトに来てすぐ感じた意外な違和感は、「ここはアラブの国なんだろうか?」というもの。これまで暮らしたヨルダンやレバノン、そしてトルコで日常的に接していたシリア人とは一味も二味も違う...。エジプト人があまりに「アラブ」らしくないことが意外でした。

私自身は、アラブに関わり始めて約17年。アラブの反応についてはほぼ予測がつきますし、思考回路もかなりの程度分かっていると思っていました。でも私が知っていた「アラブ」は実は「中東のアラブ」で、エジプト人はかなり異なっているのだと理解するのに時間はかかりませんでした。これは目から鱗の発見でした。

ちなみにここでいう「中東のアラブ」というのは、パレスチナ、ヨルダン、シリア、レバノンのアラブのことで、国は違えど国民のキャラが非常に似ています。アラビア語は国によって方言がありますが、中東ではその方言もどちらかといえば似通っています。この辺りの方言はまとめて「地中海方言」または「Levantine Arabic」と言われています。

対してエジプト人は、第一言語は確かにアラビア語ですし、宗教もイスラム教徒が多くて、表向きは「アラブ」の国です。実際、エジプトの国名は「the Arab Republic of Egypt(エジプトアラブ共和国)」です。しかし、彼らのキャラはこれまで出会ったアラブとは少し違う。そしてエジプトのアラビア語も非常に独特で、いわゆる地中海方言とはかなり異なります。

中東のアラブとエジプト人との違いは「気質」

「国民のキャラ」という表現を使いましたが、つまりは気質のことです。エジプトに脈々と流れるこの独特のおっとりとした雰囲気は、アフリカのキャラのようです。エジプト人の特徴を挙げると (もちろん個々に程度の差こそあれ)、温厚・謙虚・感情的ではない。

これまで接してきた中東のアラブはどちらかといえば良くも悪くもアグレッシブで、プライドが非常に高く、感情の起伏が非常に激しい。また彼らが抱く優越感はふとした拍子に顔を出します。もちろん個人差はありますし、表現の仕方にも多少の違いはあります。でもアラブ世界を特徴づけるあの独特の雰囲気は先に書いた通り。きっと中東に住んだことがある方なら、すぐにお分かりになるはずです。ところが、エジプト人はその対極。おっとりしていて、控えめで、かなりシャイです。

中東のアラブとエジプト人との間に違いが如実に表れるのが、他の人種の人を見たときです。中東でよく遭遇したシチュエーションですが、アラブ達はアジア人を見ると途端にニヤニヤしだして「シーニー、シーニー (中国人という意味)」と言ってみたり、「チン・チョン・チャン」と言ってみたり。かなりの確率で遭遇します。もちろんこれはどの国でも多少はあるアジア人差別です。言っている本人たちは差別という気はしていないのでしょう。中には純粋にこちらに話しかけたいのでこういうアプローチをするアラブもいます。

ただしほとんどの場合は、リスペクトがないためです。中東のアラブからするとアジア人=中国人で、自分たちよりも下の存在 (ただし日本人だけは別格)。そう、アラブ世界で顕著なのが人種差別です。これについては、以前の記事でも触れたことがあります。残念ながら、他の人へのリスペクトが欠落しているのはアラブの若い子たちに多い。集団でいると手が付けられません。ヨルダンに住んでいるときは、若者たちがたむろっているところは避けるように体が自動的に反応したものです。こうなると外出の度に自然と身構えてしまいます。

ところがエジプトではこうした状況にほぼ遭遇しません。3 か月の間で一度だけ「チン・チョン・チャン」と言われたことがあります。それも若者ではなく高齢の夫婦に。それはそれでびっくりしましたが、こうしたことに遭遇する確率はエジプトでは本当に稀。エジプト人は面と向かって他の人種を見下すようなことはありません。若者たちが集団でいるところでも、嫌な思いをしたことが一度もありません。ヨルダンやレバノン (そしてトルコにいるシリア人たちの間) ではいつも好奇の目にさらされ、絶えず身構えていないといけなかったのですが、エジプト人は他の人種を見ても無反応。これは私にとっては非常に新鮮で、「エジプトでは身構えなくていいんだ」と肩の荷が下りたのを覚えています。

とはいえ、一つ付け加えておきますと、エジプトで人種差別がないというわけではありません。エジプトにはスーダン難民が多く住んでいますし、アフリカの他の国からの出稼ぎ同労者も多くいます。彼らにとってエジプトは住みやすい国ではないようです。中東のアラブほど露骨ではないにしても、アラブ世界に全体として根強い人種差別的な見方が存在することは否定できません。

エジプト人を遺伝的に分析した結果は?

エジプトに来てすぐ、思わずインターネットで「Are Egyptians Arabs?」などと打ち込んでみたら、非常に興味深い研究結果を見つけました。DNA 分析で人類の広がりを調査する「ジェノグラフィック・プロジェクト」の研究です。ちなみにこれは、米国ナショナル ジオグラフィック協会と IBM が共同で世界各地の数十万人のDNAサンプルを収集・解析したもの。

これによると、何とエジプト人の DNA には 17% しかアラブの血が含まれていないとのこと。68% は北アフリカの遺伝子で、4% はユダヤ人、3% は東アフリカ、3% はアジア、そして残りの 3% が南ヨーロッパの遺伝子だということです。これですべてに合点がいきました。この研究結果が発表されたのは 2017 年のことで、エジプト国内では物議をかもしたようです。

newsweekjp_20241005124638.jpg

Youtube チャンネル 「ARE MODERN EGYPTIANS NOT ARAB?」から

イスラム教徒にとってアラブであることは非常に大切。ですから、熱心なイスラム教徒の中にはこの結果を受け入れがたく感じた人も一定数いたようです。しかし、アラブの春以降、アラブとしてのアイデンティティに誇りを感じられなくなっていたエジプト人も多くいたようで、こうしたエジプト人たちにはこの研究結果が肯定的に受け入れられたとのことです。

とりわけ、エジプト人の間には、自分たちこそ「ファラオの末裔」だと主張する人たちも多くいます。特にキリスト教の一派コプト教徒は、エジプトがアラブに征服されたときにイスラム教に改宗せず、アラブと結婚して混じることもありませんでした。そのため、ファラオが支配した古代エジプトの末裔(つまり正真正銘のエジプト人)だと主張しています。この真偽はともかくとして、重要なのはエジプト人は遺伝的には 100% アラブとはいえない、という点です。

グローバル化の波はアラブ世界にも


さて、先ほど『「アラブの春」以降、アラブとしてのアイデンティティに誇りを感じられなくなっていたエジプト人も多くいた』と書きましたが、この点についてもう少し詳しく掘り下げたいと思います。

「アラブの春」は衝撃だったので、私にはつい昨日のことのようにも思えてしまうのですが、実際には 13 年もの月日が経過しています。子供たちは 4-5 年もあれば、いや 2-3 年でもあっという間に大人への階段を駆け上がっていきます。13 年前に小学生だった子供たちは 20 代へ、10 代だった少年少女たちは結婚して親になっています。ですから、13 年前に「アラブの春」に積極的に関わった世代とはまた違った世代が存在するようになっています。

一般的にアラブ世界は変化が遅く、目まぐるしい変化とは無縁の世界でした。でもやはりグローバル化という時代の流れはアラブ世界にも押し寄せていて、普遍に思えたアラブ世界にも目に見える変化が訪れるようになりました。この傾向は「アラブの春」以降、特に顕著になっています。

私が移動した 16、7 年前には「The アラブ流」で悩まされたヨルダンでも、ここ 10 年ほどで人々のメンタリティが確実に変化したのを如実に感じています。エジプトも同じです。特に若い世代は、アラブという文化や伝統 (ひいては宗教) に縛られない、もっと自由な生き方を求めています。古い世代ほど欧米への嫌悪感もありません。とはいえ昨今のイスラエルの暴挙は、古い世代に代わるより穏健派・中立派を過激派にしてしまいかねず、危険をはらんでいます。

newsweekjp_20241005130554.jpg 筆者撮影 - オールドカイロのとあるエリア 。グローバル化はアラブ世界にも押し寄せています。

エジプトが「アラブの春」から学んだ教訓

エジプトは、13 年前の「アラブの春」から教訓を学び取っているように思われます。あの「革命」は失敗だったと誰もが認めています。生活は良くなるどころか苦しくなりました。実際、あの「革命」で良い結果になったアラブの国は 1 つもありません。エジプトとしては、もう国内外のどんな紛争にも関わりたくないというのが本音だと思います。

そんな態度が誤解されてか、エジプトはヨルダンと並んで「アメリカの犬」や「イスラエルの犬」と揶揄されることもあります。「同胞であるアラブ達 (パレスチナ人など) に冷たい」「本当にムスリムなのか?」など。しかし、そもそもエジプト人は遺伝子レベルで「アラブ」ではないのですから、アラブ世界の問題に我関せずなのも分かる気がします。とはいえこれは私の個人的な理由付けです。実際のところは、「アラブの春」で何も成功しなかったという苦い経験がトラウマのようにエジプト社会に重くのしかかっているように思われます。

そんなわけで、いろいろと興味深いエジプトとエジプト人。期せずしてアフリカの文化にも触れることになったエジプトでの生活。アラブ世界の奥深さを再発見する日々です。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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