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NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

「人生、何歳からでもウケる」Rio KoikeがNYデビューへ導いた60代のスタンダップ・コメディアン

©Rio Koike

「笑いは、文化も年齢も超える」そう語るのは、ニューヨークのスタンダップコメディーシーンで"レジェンド"と称される日本人コメディアン、小池リオさん。

90年代からアメリカでスタンダップコメディに挑み続け、日本人として数少ないNYの本格的なコメディークラブに出演し続けてきた小池さんは、今や"伝説の存在"とも言われている。その小池さんが今回、日本からの挑戦者・岸さんのステージデビューをサポートした。

岸さんは名古屋でアイウェアブランドを経営する60代の男性。英語の学び直しから始まり、やがて小池さんがニューヨークでスタンダップコメディアンだったというバックグラウンドに興味をもち、メッセージを送った。それがきっかけで、まさか自分がニューヨークの舞台に立つことになるとは、当初は想像すらしていなかったという。

そんな岸さんの挑戦の裏側には、小池さんの細やかな指導と手厚いサポートがあった。ブッキングからネタづくり、そして現地でのステージでのサポートまで。岸さんが「文化の壁を超えて観客を笑わせた」その舞台裏について、小池さんに詳しく話を伺った。
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まず、岸さんと初めてやり取りされたときの印象を教えてください。年齢やバックグラウンドを超えて挑戦しようとする姿に、どのような感情を抱かれましたか?

私のYouTubeチャンネル「チャンネル登録入りませんチャンネル」を通してたくさんの英語を学びたい人からコメントをいただきますが、そのチャンネルを通して英語を学ぶ人をニューヨークに連れて行く企画をしています。その一環として、現地で実際にスタンダップコメディーの舞台に立ってもらう企画も行っていました。ある時、私のFacebook投稿を見た岸さんからコメントで連絡がありました。

岸さんは知人の紹介で知りました。60歳を超えていると聞いていましたが、英語力は不明でした。ただ、コメディをするうえで問題は感じなかったので、数ヶ月の準備があれば十分と考えていました。スタンダップコメディーには、教材や年齢はあまり関係なく、自分自身の経験からもそれを実感しています。

以前に来た人は31歳の会社役員でしたが、年齢に関係なく、その人のキャラクターが活きるだけで、笑いを取るうえでの障害にはならないと思っています。最初は冗談のつもりで「ニューヨーカーを英語で笑わせてみよう」と始めた企画でしたが、意外にもニーズがあることがわかりました。私にとっては難しいことではなかったので、気軽に引き受けました。

今回のステージ実現までの経緯について教えてください。クラブのブッキングや現地の調整など、具体的にどのようなプロセスがあったのでしょうか?

私は25年間ニューヨークのコメディーシーンに関わってきたので、色々とツテもあり、私の紹介ということでクラブ側も快く出演を了承してくれました。こちらから希望する時期をいくつか伝えると、その中で出演可能な日程を教えてくれるという流れで、割とスムーズに進みました。

ニューヨークのクラブやイベント関係者は、初対面の人には慎重ですが、一度でも一緒に仕事をして信頼関係ができていれば、細かいことも融通が利くのは昔から変わりません。ただし、設備が整った会場ほど、初めての人にはハードルが高い部分もあります。私はできる限り知り合いをあたり、メールや電話で出演の調整を進めました。

その際、いくつか条件を出されることもありましたが、できる限り応じるようにしました。たとえば、ゲストがいる場合は名前を知らせてほしいとか、座席の位置の相談など、細かい部分まで丁寧に対応してくれました。

ショーの中で出演の順番、つまり最初に出るのか最後なのかは、こちらでも完全にはコントロールできません。これは当日になってみないと分からないため、不安に思う点かもしれません。順番によってお客さんの反応も変わるので、そこはパフォーマー自身の力で乗り越えてもらうしかありません。

実際、ニューヨークのコメディー、ライブシーンの醍醐味の1つでもあるかもしれません

さらに嬉しいことに、岸さんの出演後、クラブ側が他の日の追加出演もオファーしてくれたのです。これは予想していなかった良い出来事で、とてもありがたく思いました。

ネタづくりの段階で、アメリカの観客に向けた工夫はどのようにされましたか?文化的な笑いのズレや、岸さんならではの"視点"をどう活かしたのかもお聞きしたいです。

岸さんには、まずいくつか自分でネタを考えてもらうようお願いしました。同時に、私が過去にニューヨークで使っていたネタも数本覚えてもらいました。ニューヨークのコメディー舞台のレベルに、最初から到達するのは難しいため、まずは舞台に立って観客の信頼を得ることが大切だと考えました。

そこで、オープニングのジョークは私のネタをそのまま使ってもらい、観客に安心感を与える。その後で岸さんのオリジナルのネタを差し込む流れを想定しました。もし岸さん自身のネタで手ごたえを感じられなければ、再び私のネタに戻して進行する、という柔軟な構成にしました。

後は大いに滑ったときのレスキュージョークとわれるものも準備してもらいました

こうした順調に臨機応変な対応ができるようにしたのは、私がニューヨークのコメディー舞台の流れや観客の反応を理解していたからです。だからこそ、こういったフォーマットを準備することができました。

興味深かったのは、私のネタを岸さんが演じたとき、同じ内容でも岸さんのキャラクターによって少し上品に見えたことです。それが結果的に良い方向に働き、ニューヨークの舞台に自然になじんでいるような印象を受けました。

同じネタでも演じる人によって雰囲気が変わるという発見は、私にとって新しい気づきでした。この方法は再現性があると感じ、多くの人にも応用できるフォーマットになり得ると思いました。

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岸さんとは、どのような形でネタのやり取りや練習をされていましたか? オンラインでのレッスン内容や、ネタの調整過程で印象に残ったやり取りなどがあれば教えてください。

岸さんが自分で作ったネタについては、内容を聞かせてもらい、私が添削・修正して一緒に仕上げていくというシンプルな作業でした。私のネタを使ってもらう部分については、私自身が話しやすい順番で構成しているため、岸さんがそのまま話すと少しやりにくいところが出てきました。そこは岸さんの話しやすい順番にアレンジしてもらいながら調整しました。

さらに、コメディには独特の言い回しや発音、スピード感がありますので、それも少しずつ整えていきました。4〜6分ほどの持ち時間の中でうまく収まるように、ネタ作りを重ねて完成度を高めていきました。

すべてオンラインで進めたため、対面での練習は一度も行っていません。ZOOMやLINEを使ってやりとりをしましたが、本番までにオンラインでのセッションは3回ほどしかなかったと思います。基本的には、岸さんに音声を録音して送ってもらい、それを私が聞いて添削。修正点を伝え、また録音を送り直してもらう、という形でした。シンプルなやり方だったと思います。

また、岸さんにあまり負担をかけたくなかったので、なるべくストレスの少ない方法を選び、岸さんがやりやすいペースで進められるよう、常に気を配っていたつもりです。

当日の観客層や会場の雰囲気について教えてください。若い地元のニューヨーカーが多かったのですが、岸さんのジョークへのリアクションはよかったですよね!小池さん的にはOKな感じでしたか?

日本にいる間にいくらネタを練っても、実際にニューヨークの現場に立ってみると、全く違う課題に直面します。ニューヨークの舞台では、すべてが本番のような緊張感があり、今回は観客が10人ほどの小規模な場から、当日は約200人規模の会場まで、様々な環境で行われました。

取材をしていただいた本番までに岸さんはニューヨークで2回ほど調整の場を持っていたため、当日も落ち着いて自信を持って臨めたと思います。パフォーマンスの構成も、私が想定していた通りに仕上がっており、順調に進行していました。

印象的だったのは、岸さんが少し観客が静かだったときに、即興でアドリブを入れ、それがしっかりウケていたことです。本番ならではの空気と反応が合わさって、予想外の面白さが生まれた瞬間でした。

私が作ったネタ、岸さん自身が用意したネタ、そしてその場で生まれた即興のネタ。この3つが一体となったことで、完成度の高いパフォーマンスになったと感じています。

その舞台には芸術的な雰囲気があり、他のステージとは一線を画すような美しさがありました。芸術性の高さこそが、目の肥えたニューヨークの観客にも受け入れられた理由だと思っています。

岸さんのステージを見届けたときのご自身の感想を聞かせてください。生徒が"聖地"に立ち、笑いを取った瞬間をどう感じましたか?

岸さんは、ニューヨークの舞台に立つことにかなり緊張していて、飛行機の中でも眠れなかったと話していました。しかし私は、実際の舞台ではうまくいくだろうと確信していましたし、成果もある程度は予想していた通りでした。初回の出演を終えた後、岸さんは少し呆然としていましたが、それも初めての大舞台を終えた安堵だったのでしょう。

この企画の面白い点は、少なくとも3回はニューヨークの舞台を経験できる予定をしていることですが、岸さんは、なんと1週間の間に追加公演も含めて約9回も舞台に立つことになり、もはやほとんど地元のコメディアンのような存在になりました。

週末、私がワシントンD.C.に仕事で行っている間も、岸さんはサポートなしで自分一人でステージに立ちました。もう十分に自立した、立派なニューヨークのスタンダップコメディアンと言えると思います

最後に、岸さんのように年齢や経験に関係なく、新しいことに挑戦しようとする人たちへメッセージをお願いします。「言葉」と「笑い」が持つ力、そしてその先にある可能性について、小池さんご自身の言葉でお話いただければと思います。

最近、ニューヨークやアメリカ各地でパフォーマンスを行う日本人コメディアンが増えてきたと感じます。これは以前から私が予想していた流れです。コメディーは「話すだけで笑わせる」という点ではスピーチの一種でもあります。実際、大統領の演説でも笑いを入れることがあります。ただ、スタンダップコメディーの本質は"爆笑を連続させること"にあります。特にニューヨークでは、それが強く求められると感じていました。ニューヨークまで来て、単なるスピーチにならないようにすることが1番私の苦労したところです。

今回の企画も、まさにその要素を満たすもので、成功と言えると思います。岸さんがニューヨークの舞台に立ち、現地の観客をしっかり笑わせ、しかも終演後には「よかったよ」と多くの人から声をかけられていました。その様子を何度も目にして、私自身も初心を思い出しました。

また、現地のコメディアンとの絆が生まれていくのも印象的でした。たった1週間の滞在で、ここまで深く現地の人たちと交流できるのは、コメディーという表現だからこそだと思います。笑いが国境を越えて人と人を繋げる、その素晴らしさを再認識しました。

私自身も、もともと特別に面白い人間ではありません。しかし、英語を通じて、ニューヨークの空気の中で"面白くされていった"のだと感じています。この企画は、「人は面白さを自力で作るのではなく、他者との関わりの中で引き出されていく」ということを証明してくれました。これこそが、今回の挑戦で得られた一番大きな成果だと思います。

【プロフィール】
小池 良介(こいけ りょうすけ )は、日本人のスタンダップ・コメディアン、社会保険労務士。Rio Koikeのステージネームを用いてアメリカ・ニューヨークを中心に活躍している。

【関連リンク】
日本人コメディアン・小池良介のウェブサイト
リオ小池リオ式英語チャンネル登録いりませんチャンネル

 

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

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