コラム

「世界禁煙デー」、日本はハームリダクションの考え方を採用すべきだ

2023年05月08日(月)18時33分

もちろん、加熱式たばこや電子たばこは新商品であり、その健康被害に関するデータは長い研究によって蓄積されていくべきものだ。筆者は日本において医学会において紙巻たばこと加熱式たばこの健康被害の比較に関して活発的な議論が交わされていることも承知している。

しかし、長期に渡る検証を経ずとも、常識的に理解できることは、加熱式たばこなどの新商品は、紙巻きたばこと比べて、健康被害を低減する技術革新の実践が行い易いということだ。様々な有害物質を取り除く科学技術の進歩によって、少しでも健康被害を低減させられる可能性があるなら、我々はその道を選ぶことに躊躇すべきではない。まして、不合理な税制などによって、技術革新を阻害するようなことはあってはならないことだ。

加熱式たばこの税率が引き上げられる可能性が極めて高い

日本は、2022年12月自民党税制調査会にて、防衛費増額の財源を法人税・所得税・タバコ税の3つの税目を組み合わせて賄うという増税案を決定した。増税時期は「適切な時期」とされたが、実際には2024年10月に加熱式たばこの税率が引き上げられる可能性が極めて高い状態となっている。これは防衛費増額分を補填するために、国民の健康被害のリスクを低減するハームリダクションの考え方を犠牲にするものだ。

また、防衛費増加を一部の課税しやすい対象から課税するという発想はあまりに安易なものだ。喫煙者は相対的に所得が低い層が多い。そして、たばこ消費の価格弾力性はあまり高くないことから、喫煙者が増税によって購買をやめるとは言い難い。そのため、課税によって少ない可処分所得の中でのたばこの比率が増加し、その他の支出が削られて日々の生活の質に影響が及ぶことで健康を害する可能性すらある。したがって、加熱式たばこに対する増税を行うことは喫煙を取り巻く現実的な社会状況からも望ましいと断言できない。

ハームリダクションの考え方を軽視する加熱式たばこの増税は好ましくなく、同増税政策は撤回することが望ましいと言えるだろう。

北風(禁止の強制)から太陽(ハームリダクション)へ

ハームリダクションの考え方は、今後グローバルサウスが急速に経済発展する中、益々注目されていくことになる。先進国は自国の健康被害の状況を緩和するとともに、世界全体の公衆衛生に対して現実的な解を示す役割を担う。

たばこ規制枠組み条約採択20年、世界禁煙デーを前にして、日本政府はたばこに対する規制の枠組み自体を北風(禁止の強制)から太陽(ハームリダクション)による現実的な技術革新を目指すアプローチに切り替えていくべきだろう。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減

ビジネス

米KKRの1─3月期、20%増益 手数料収入が堅調

ビジネス

米フォード、4月の米国販売は16%増 EVは急減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story