コラム

大学入学試験SATの「替え玉受験」も暴露 臨床心理学者のトランプ姪が暴く一家の秘密

2020年07月16日(木)12時00分

ニューヨークの書店に平積みされたメアリー・トランプの回想録 Carlo Allegri-REUTERS

<父親から「愛よりカネ」の価値観を徹底して叩き込まれたトランプの、裕福なのに寒々しい家庭環境>

トランプ大統領の人物像を説明する本は数え切れないほど出ているが、その中で、もっとも信憑性がある暴露本として期待されていたのが本書『Too Much and Never Enough』だ。

作者のメアリー・トランプは、ドナルド・トランプ大統領の亡くなった兄の娘で、臨床心理学者でもある。トランプに関しては、多くの精神心理専門家が「自己愛性人格障害」などを疑っており、そういった本も出ているのだが、メアリーは、それだけでは説明できないと言う。それを説明するのが、まるで「家族の年代記小説」のようなこの回想録だ。

両親がドイツからの移民であるドイツ系アメリカ人で、ニューヨークの不動産業者として成功をとげたトランプの父フレッドは、他者への愛情や同情心を「弱み」、残忍さを「強さ」ととらえる人物で、その方針に従って子どもたちを教育し、家族をコントロールし続けた。ドナルドたちが育ったトランプ家では「愛情」はまったく重視されておらず、「強いこと」と「他人に勝つこと」が最も重要な価値観だった。

フレッドの長男であるフレディは、パイロットになって経済的にも精神的にも独立したいという渇望と、父から認められたいという気持ちの間で揺れ動き、アルコール依存症になって若死にする。「愛情」という感情を持たないフレッドが、最もそれに近い情熱を注いだのが次男のドナルドだ。ドナルドは、父の教えに忠実だっただけでなく、それを越えたモンスターになっていく。兄が亡くなった日に姪や甥をなぐさめるどころか映画を見に行ってしまったエピソードとか、ドナルドの同情心や愛情の欠如は恐ろしいほど際立っている。

「成り上がり」のイメージとは正反対

ドナルドは、父から少額のカネを借りて大成功した「セルフメイドマン(成り上がり)」のイメージを売り物にしてきたが、実はその反対で、経済的に非常に成功した父のカネを使い果たして「セルフメイドマン」のイメージを売り込んだのだった。不動産業に関しても実際の仕事をしたのは父のフレッドであり、ドナルドが無知のまま手がけたカジノでは大失敗をしている。また、ドナルドはペンシルバニア大学ウォートン校に入るために他人を雇ってSAT(大学能力評価試験=大学入学のための共通試験)を受けさせたようだが、それも含めて、この家庭では、勝つためであれば、他人を騙すのも、違法なことをするのも奨励されていたようだ。

フレッドが始め、ドナルドが受け継いだトランプ家の方針が、そのまま現在のトランプ大統領の方針になっている。部外者にとってはトランプ政権の閣僚や共和党員が黙ってトランプに従う心理が不思議に思えるが、どうやらドナルド・トランプの家族と同様の心理らしい。そのトランプにしても、常に周囲の人から称賛を受けていないと自尊心が保てない。メアリーの分析では、ドナルドは父親に認められることだけを求めた小さな子どものまま成長していないのだ。

<関連記事:24歳年上の富豪と結婚してメラニアが得たものと失ったもの

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「同意しない者はFRB議長にせず」、就任

ワールド

イスラエルのガザ再入植計画、国防相が示唆後に否定

ワールド

トランプ政権、亡命申請無効化を模索 「第三国送還可

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story