コラム

ハリウッドの白人偏重「ホワイトウォッシング」は変えられるか?

2017年11月09日(木)11時30分

主人公のレイチェルは名門大学の経済学の教授なのだが、「中国本土」出身で「家系が不明」であることや、「英語にアメリカ訛りがある」という理由で、恋人の母から「身分が低すぎる」と拒否される。このレイチェルが受ける偏見や差別は、アメリカ人がふだん想像しない逆カルチャーショックなのだ。

また、シンガポールの中国系スーパーリッチの「しきたり」は英国の階級制度と中国の古い慣習のミックスであり、それもこの世界を知らない者にとってはエキゾチックで興味深い。

だが、それと同時に、恋人の母親であるエレノアの意地悪さは、世界共通の「地獄から来た姑(Mother In Law From Hell)」だ。

こういった組み合わせがアメリカ人読者にアピールし、ベストセラーになったのだから、中国系アメリカ人のレイチェルを白人にしたら、まったく意味が通じなくなる。

テキサス州での読書会で、クワンがこの逸話を話したとき、白人女性ばかりの参加者たちは「やめて〜(Nooooo)!」と叫んだという。

クワンは、最終的に自分の意図を理解するプロデューサーを見つけ、主役のレイチェルは、両親が台湾出身のアメリカ人女優コンスタンス・ウーに決まった。これまでにも、ハリウッドでの人種差別やセクハラについて勇気ある発言をしてきた35歳のベテラン女優だ。恋人のニックは、マレーシアのイバン族とイギリス人を祖先に持ち、マレーシアとシンガポールを拠点にする俳優のヘンリー・ゴールディングが演じる。

そのほかにも、英国人と日本人のハーフであるソノヤ・ミズノなど、全世界からアジア系の俳優が集まるのだが、これが実現したのは、最近の失敗例から「映画を売るためにはホワイトウォッシングは必然」という言葉に説得力がなくなってきたこともあるだろう。

そうだとしたら、特にアジア系の俳優にとっては、興行的に失敗した『ドラゴンボール・エボリューション』やハリウッド版『ゴースト・イン・ザ・シェル』のホワイトウォッシングに、かえって感謝するべきかもしれない。

そして、「主役がマイノリティの俳優でも売れる」ということを証明するためにも、『クレイジー・リッチ・エイジアン』にはぜひ成功してもらいたいものだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ率目標の維持、労働市場の緩みが鍵=ハスケ

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story