コラム

良くも悪くもイメージを変えられないヒラリーの回想録

2017年09月22日(金)16時00分

マンハッタンの書店で新刊のサイン会を開いたヒラリー Andrew Kelly-REUTERS

<ヒラリーの新刊の回想録は、読者が抱えるナラティブ(ストーリー)を変える内容ではなく、政治家としてのヒラリーの限界を表している>

2016年の大統領選を振り返るヒラリー・クリントンの『What Happened』が9月12日に発売され、アマゾンのノンフィクション部門でベストセラーのトップになった。

予備選でオバマ大統領に敗れた2008年大統領選の後、再び立候補することを決意した経緯からショッキングな敗北、そしてトランプ大統領就任後の現在に至るヒラリーの回想録には、読者を驚かせるような告白や暴露はない。

筆者は、予備選から多くの候補者のイベントに足を運んで当サイトでレポートし、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』という本を書いたが、選挙で浮き彫りになったアメリカ社会の部族化やメディアの不公平さ、投票日寸前のFBIコミー長官の謎の行動など、重なる部分が多かった。

予備選のライバルだったバーニー・サンダースと情熱的なサンダース支持者からの不公平な攻撃に対するフラストレーションも遠慮なく書いている。そのダイナミクスをヒラリーの支持者がまとめたフェイスブックの書き込みが選挙中に有名になったのだが、本書ではヒラリー自身がそれを紹介している。


バーニー:アメリカは仔馬(子供が親におねだりするものの象徴)をもらうべきだ。
ヒラリー:仔馬の代金はどう工面するのですか? 仔馬はどこから入手するのですか? 仔馬の購入をどうやって議会に承諾させるのですか?
バーニー:ヒラリーは、アメリカには仔馬を得る資格がないと思っている。
バーニー支持者:ヒラリーは仔馬を憎んでいる!
ヒラリー:いや、仔馬は大好きですよ。
バーニー支持者:ヒラリーは仔馬についての政治的立場を変えたぞ!#WhichHillary?(どっちのヒラリーだ?) #WitchHillary (魔女ヒラリー)
ニュースのヘッドライン:「ヒラリーが全国民に仔馬を与えることを拒否」
ディベートの司会者:ヒラリー、あなたが仔馬について嘘をついたと人々は言っていますけれど、それについてどう感じますか?

もし、この本に「驚き」があるとすれば、サンダースへのフラストレーションを含めて、これまでヒラリーが書いた回想録の中で、最も自分の感情を正直に吐露している部分だ。

本書の中でも本人が書いているが、弁護士としてトレーニングを受けたヒラリーは、口を開く前にじっくり考え、数字などの根拠に基づいた正確なことを話そうとする癖がある。そのフォーマルさが、「計算深い」「何か隠しているのではないか?」「正直ではない」という彼女のネガティブなイメージにも繋がっている。

また、常にポリティカル・コレクトネスを保とうとするヒラリーに対して「いい子ぶりっ子している」という反感を抱く者がいるのも否めない事実だ。大統領夫人だった1990年代にダメージを受けたときからメディアとの関係も良いとは言えず、メディア取材に対して心理的な鎧をかぶってしまう。これが悪循環になってきたことはヒラリー本人も自覚している。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB議長候補、ハセット・ウォーシュ・ウォーラーの

ワールド

アングル:雇用激減するメキシコ国境の町、トランプ関

ビジネス

米国株式市場=小幅安、景気先行き懸念が重し 利下げ

ビジネス

NY外為市場=ドル対主要通貨で下落、軟調な雇用統計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 5
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 8
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 9
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 10
    謎のセレブ中国人ヤン・ランランの正体は「天竜人」?
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 9
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 10
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にす…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story