コラム

「ブドウの郷」で現代日本の「ありのままの日常」に出会う

2019年07月10日(水)17時30分

◆豊かなブドウ畑と朽ち果てた吊橋

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小道の先にあった草むした神社

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川向うの集落にて。ぶどう棚の中に家が建っている

高速道路沿いの小道は、小さな集落に続いていた。村外れの神社は雑草で覆われていたが、その先の集落には生活の臭いがあった。手入れの行き届いたブドウ畑と、それに埋もれるように建つ民家。国道の川向うで、背後は山という孤立した立地なため、とりたてて産業がない地域であれば、とっくに廃村か限界集落になっていたことだろう。この村が生き残っているのは、間違いなくブドウのおかげだ。これが、今回の旅のメインテーマであるブドウとの初邂逅だったが、早くもその高い経済的価値を感じた。

集落の中心には、日川を渡る吊橋がかかっていた。かつては観光名所にもなっていたようだが、今は老朽化して木製の踏み板が崩れ、通行禁止になっている。少し迂回すれば車も通れる鉄筋コンクリート製の橋があるのだが、旅人としては風情ある吊橋の復旧を望みたいところだ。朽ち果てた吊橋を眺めていると、「ブドウに支えられた豊かな地域」という地域性に、「少子高齢化による衰退」という日本全体の問題が覆いかぶさってきているようにも感じた。

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集落の中心にあった崩れたまま放置された吊橋

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趣のある旧甲州街道を経て勝沼方面へ

再び川を渡り、旧甲州街道を経て国道20号に戻った。少し進んで今度は川と反対方向の山側に入っていく県道に折れると、遊歩道とワインカーヴ(ワイン貯蔵庫)として再利用されているJRの廃トンネルがあるという。「廃トンネル」に「ワインカーヴ」。そそられる響きではないか。寄らないわけにはいかない。

◆トンネル遊歩道閉鎖に見る現代日本の「オール・オア・ナッシング」体質

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現在は閉鎖されている大日影トンネル遊歩道

ブドウ畑の間を進むと、レンガ造りの重厚なトンネルがこつ然と現れた。2本のトンネルが100メートルほど離れて向かい合っており、勝沼寄りの方が大日影トンネル。こちらは1903(明治36)年に開通し、近くに新しいトンネルが開通した1997(平成9)年まで使用されていた。2005年にJR東日本から旧勝沼町に譲渡され、遊歩道に生まれ変わって貴重な観光資源となった。

ところがこの「大日影トンネル遊歩道」、3年前の2016年に閉鎖され、再開のめどは立っていない。入口は鉄格子で覆われている。漏水と経年劣化が進み、補修が必要だというのが表向きの理由として広まっているが、僕が地元の人に聞いた話はちょっと違う。それによれば、閉鎖前はこんな状況だった。

・実際のところは崩落の危険性等はない。
・もともと水が出ている場所があり、滑りやすいので注意喚起していた。
・救急車が入れないので、観光客が中で怪我をしたり体調を崩すと対応が難しい。
・酔っ払って中で寝る人がいた(周囲はワインの産地。各ワイナリーで試飲ができる)。
・不埒なことをするカップルがいた。
・立ち小便をする人がいた。

行政とは、リスク回避を最優先するものだ。それを踏まえても、この国にもっと本当の意味での「自己責任」と「責任が伴う自由」が浸透していれば、僕らはきっと、勝沼ぶどう郷駅へと続くこのトンネル遊歩道を通って、一面のブドウ畑が広がる風景に出会えたはずだ。

それに、後半の3つの「マナー違反」には、心底ウンザリする。今の日本では、一部の人間がマナー違反をすると、すぐに「全面禁止」という極端な動きに結びつく。匿名の人々がネットを通じて、叩きやすい所を探して叩く風潮が、度を超してしまっているように思う。小学生の時、ちょっと悪いことをしている者を見つけると、すぐに「先生に言いつけてやる」という子がクラス一人や二人いなかっただろうか?今はそこら中の大人が、そんないいつけ魔だ。

マナー違反をする者が悪いのは当然だが、こうした問題をオール・オア・ナッシングで片付けると、ごく一部の輩のせいで大多数の人が不利益を被るという最悪の結果になる。日本人は、伝統的に中庸を尊んで物事に柔軟に対応してきたはずだ。それが今は、0か100かのデジタル思考が優勢になってはいまいか。それが日本の将来に良い影響を与えるとは思えない。

◆ワイン貯蔵庫のトンネルは大ヒット

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トンネルワインカーヴの個人向けに貸し出している区画。年単位の順番待ちとなっている

一方、向かいの旧深沢トンネルは、大日影トンネルと同時に町へ譲渡されて以降、ワインカーヴとして有効利用されている。全長1,100mで、手前の200mは、1区画年間5万円で一般に貸し出している。奥の900mは業者用である。レンガ造りのトンネルは、年間を通じて気温6-14℃、湿度45-65%と、ワインの貯蔵に最適の条件となっている。入口付近が一般公開されているので入ってみたが、中は蒸し暑い外界とは別世界であった。

日本人の味覚とワインは相性が良いようで、ワイン好きを自称する人は非常に多い。とりわけ「イタ飯」という言葉にピンと来るバブル世代には、愛好家が多いのではないだろうか。このトンネルワインカーヴの個人向け区画は、賃料もリーズナブルなため、そんな人たちに大人気だ。借り主には芸能人や一流レストランオーナーも名を連ね、何年も順番待ちをしている人が大勢いるという。

これはあくまで僕の個人的な見解だが、日本は国土が狭いため、衣・食・住のうちの「住」の部分では、十分な土地に恵まれた欧米先進国に比べて、どうしても見劣りしてしまう。その反動もあってか、社会全体の「食」に対する執着には並々ならぬものがあり、たいていの国では数多くある趣味のいちジャンルでしかない「グルメ」が、国民的な共通の関心事になっている(若い世代には食に関心のない人も増えているようだが)。

だから、景気が低迷していようがなんだろうが、今の日本では、このトンネルワインカーヴのような食とグルメに関わる施設やアクティビティは大ヒットする場合が多い。この後に訪れた甲州ワインの試飲ができる施設も、閑古鳥が鳴く所も多い地方の観光地としては、異例なほど賑わっていた。

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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