コラム

「ブドウの郷」で現代日本の「ありのままの日常」に出会う

2019年07月10日(水)17時30分

◆「ありのままの風景」を味わう「フットパス」

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甲府へ直進する国道20号。我々は山沿いに迂回して勝沼・塩山方面へ向かった

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甲府盆地を見下ろす勝沼のフットパス

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フットパスからの「勝沼ぶどう郷」の眺め

本来なら同じ道を戻ることはしたくないのだが、このまま勝沼へ抜けられるトンネル遊歩道が閉鎖されているので仕方がない。来た道を下って国道20号へ戻った。ほどなくしてJRルートと分かれる勝沼IC手前の交差点に到着。ここで甲府市街方面へ直進する20号と一旦お別れして、あたり一面にブドウ畑が広がる勝沼の丘陵地帯へ向かった。分岐点から山裾の勝沼ぶどう郷駅までは、看板で示されたフットパスを辿る。

フットパスとは、イギリスのエコツーリズム運動を発祥とし、「森林や田園地帯、古い街並みなど『地域に昔からあるありのままの風景』を楽しみながら歩ける小径」のことだそうだ。日本にも普及を目指す「日本フットパス協会」があり、近年全国に増え続けている。新たに遊歩道を整備するのではなく、既存の農道や小径を利用してコースを設定する。そこを歩くことで、観光客に地域のありのままの良さを知ってもらうことができるし、地域住民が地元の魅力を再発見するきっかけにもなるというわけだ。その主旨は、まさにこの「歩き旅」にぴったりである。今後も見つけたら積極的に歩こうと思う。

◆令和の鉄道を動かす昭和の鉄塔

ところで、前回の笹子峠越えでは、時間切れで縦走ルートでの山越えを断念し、鉄塔巡視路のエスケープルートから下山してきた。その時辿った鉄塔群は、大月駅前と勝沼ぶどう郷駅前の変電所を結ぶ「大勝線」といい、旧国鉄が昭和5年に建造した歴史ある設備である。その終点が見たかったのも、勝沼ぶどう郷駅を経由した理由の一つだった。

果たして、変電所手前の「大勝線」最後の通常型鉄塔は、ぴったり100号であった。昔の日本人は今以上に几帳面だったのだろう。100基の鉄塔を連ね、キリ番で締めたのは意図的だったと思う。勝沼ぶどう郷駅のホームに上がり、変電所脇を走り抜ける最新型の特急あずさを眺めた。パンタグラフから電車に送られる電力が、あのかかし型のかわいい鉄塔たちが運んだものだと思うと、感慨はひとしおであった。

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笹子峠を越えてブドウ郷に降りてきた「大勝線」の鉄塔たち

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フットパス沿いにあった「大勝線」最後の100号鉄塔

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勝沼ぶどう郷駅のホームから見える鉄塔「大勝線」終点の変電所(左)。この区間を走る最新型の特急「あずさ」も、昭和5年建造の鉄塔群が送る電力で走っている

◆国産ワインの実力は?

続いて、あらゆる地元産ワインをまとめて試飲できるという「ぶどうの丘」に向かった。観光施設に寄るのは「日常」を見ることを旨とする以上、気が引けたのだが、ここまでブドウ、ブドウ、ブドウの風景を見てくると、さすがにそのブドウで作られたワインを味わってみたくなる。

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「ぶどうの丘」地下のワインカーヴ。あらゆる銘柄の甲州ワインを試飲できる

国産ワインの代名詞である勝沼産甲州ワインの歴史は古い。文明開化・殖産興業の流れの中で、古くから地域で栽培されていた甲州ブドウでワインを作れないかと、1877(明治10)年に地元企業が2人の若者を本場フランスに派遣した。その持ち帰った技術と地元産のブドウを融合して誕生したのが甲州ワインだ。中央本線の開業で東京などにも大量輸送できるようになると、日本にワイン文化を根付かせる大きな原動力となった。

僕の甲州ワインの一番古い記憶は、昭和50年代に父が好んで飲んでいた一升瓶の赤ワインだ。海外生活も経験していた父だが、国産ワインを愛飲していた最大の理由は、「量」だったと思う。休みの日は一日中酒を飲んでいたような大酒飲みだったから、上品なフランス産ワインなどでは家計がとても保たなかったであろう。とはいえ、「安かろう悪かろう」では、欧州産高級ワインの味も知っていた父は満足できなかったとも思う。

今の甲州ワインは、その頃よりもさらにレベルアップしていて、国内外の愛好家をうならせる素晴らしいワインも数多くあると聞く。残念ながら僕自身は付き合い程度にしか酒を飲めない体質なので、自分の舌で断言はできないが、和食にも合うすっきりとした味わいが特徴だという。「ぶどうの丘」の試飲コーナーは、静かな外の世界からは想像できないほど大勢の人々で賑わっていた。外国人観光客が真剣にテイスティングしている姿も見られ、国産ワインが広い支持を集めていることが伺えた。

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甲州ワインをはじめとする国産ワインは今、国内外で高く評価されている

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試飲に用いるタートヴァン(本場フランス伝統のテイスティング用の杯)

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丘陵地帯に広がる勝沼のブドウ畑

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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