コラム

笹子峠越え 甲州街道の歴史が凝縮した「最大の難所」を歩く

2019年06月11日(火)15時45分

◆「歩き旅」初の敗退

101.jpg

笹子雁ヶ腹摺山山頂にて。右端筆者

さて、「笹子隧道」を抜ければ、そこはもう反対側の国中地方になるのだが、僕たちはトンネル手前から本格的な登山道に入り、尾根伝いに国中に下りるコースを取った。比較的マイナーな山域ということもあり、この山道がなかなかキツイ。鎖を伝ってようやく登れる斜面や、崖下に向かって傾斜がある狭い道が続く。第一のピーク、笹子雁ヶ腹摺山の山頂に着いたのは、出発から4時間半ほど経った午後1時30分であった。

スタートが午前9時半と遅かったこと、写真を撮りながらのゆっくりペースだったことが響いて、予定のコースでは日没までに下山できる確信が持てなくなった。そのため、僕はこの旅で初めて「引き返す」という決断をした。山頂でゆっくり休憩してから、旧笹子隧道の手前まで戻り、仲間があらかじめ下調べをしておいたエスケープルートで下山することにしたのだ。

ただし、せっかくここまで来たのだから、引き返す前に雁ヶ腹摺山山頂の少し先にあるはずの、中央自動車道笹子トンネルの直上地点まで僕とパーティーのリーダーの2人だけで足を伸ばすことにした。その場所は、息も絶え絶えになるほどの急斜面の途中という、とても中途半端な場所であった。だがしかし、そういうリアルな現実を味わう体験は嫌いではない。

102.jpg

スマートフォンのGPSが示す中央自動車道・笹子トンネルの直上地点

◆現役の昭和初期の鉄塔

109.jpg

今回は、鉄塔巡視路のエスケープルートからの下山を選択した

119.jpg

昭和5年建造のJR東日本「大勝線」のかわいらしい鉄塔

112.jpg

尾根を越えると、国中地方の山々が見えてきた

笹子雁ヶ腹摺山周辺の尾根道は、ヤマツツジやヤマザクラが咲く手付かずの自然の景観が素晴らしい。その一方で、日本の景観のあちこちに顔を出す鉄塔群がここでも幅をきかせていた。僕らが下山ルートにしたエスケープルートも、本来は鉄塔の巡視路である。鉄塔は、一般的な視点では自然の中では無粋な異物に映るが、僕は決して嫌いではない。特に、本連載の読者から勧められた世界唯一の鉄塔小説、『鉄塔武蔵野線』(銀林みのる)を読んでからは、むしろすっかり鉄塔の虜になってしまった。

その巡視路沿いの小ぶりな鉄塔群は、カカシを彷彿とさせるこれまたかわいい形をしていた。プレートを見ると、JR東日本の「大勝線(大月--勝沼)」とある。建設年はなんと昭和5年。平成27年に再塗装されたことを示すラベルもあったが、昭和初期の姿のまま、今も鉄道施設に電力を送る現役の鉄塔群である。「此の地を過ぐる者をして絶無ならしめ」た現代の笹子峠にあって、昭和初期の昔から現役を保っている存在だと思うと、なんだか嬉しくなった。

ところどころ荒れた巡視路をひたすら2時間ほど下ると、眼前に畑が出現した。その人里との境界は、鹿よけの電気柵で仕切られていた。今、日本の多くの中山間地では、鹿が爆発的に増えて農作物の食害が大きな問題になっている。このテーマについては、この先の旅の過程でまた掘り下げていきたい。

130.jpg

山を下りた人里との境界は電気柵で仕切られていた

甲斐大和駅手前の日影集落で、軽トラックで帰宅してきたお年寄りのグループに行き合った。旧甲州街道のハイキングコースで、採れたての山菜とジンギスカンの鍋パーティーをしてきたところだという。最近、有志で旧甲州街道の整備のボランティアもしたとのこと。だから、僕たちがあえてそちらを通らずに鉄塔の巡視路から下りてきたことを残念がっていたが、こういう人たちの目に見えない善意が僕らのような旅人の思い出を演出しているのだと思うと、結構ジーンと来るものがあった。

次回は、ぶどう畑が広がる勝沼の丘を目指して、甲斐大和駅から再出発する。

142.jpg

甲斐大和駅近くの集落で出会った村の衆

143.jpg

下山した先の集落で迎えてくれた猫

map3.jpg

今回歩いた笹子峠越えコース:YAMAP活動日記

今回の行程:笹子駅--甲斐大和駅(https://yamap.com/activities/3623656)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=13.7km
・歩行時間=8時間46分
・高低差=762m
・累積上り/下り=1,062m/1,043m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story