コラム

「山越え」で東京脱出、人の朗らかさに触れてホッとする

2019年04月11日(木)16時30分

◆山も国際化の時代

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陣馬山山頂からの眺め

陣馬山(854m)は東京都の西端部に位置する。山頂に着くと、東京湾から歩き始めて、「ついにここまで来た」という感慨が深まった。ここからはもう、東京の街並みは見えない。山頂から丹沢や奥多摩の山々の連なりを眺めながら、名実共にこの旅が「都会編」から「田舎編」に移ったことを実感する。

ここまで来ると入山当初に比べてだいぶ登山客の姿が少なくなっていた。登山ブームだと言っても、どこもかしこも人だらけというわけではないようだ。山頂のベンチには、私たちのほかに若いカップルが一組。僕は1986年の高校1年の時に山岳部に入ったのだが、バブル景気終盤のその当時はおそらく登山が最も下火になっていた頃で、「ダサい」「ジジババ臭い」と周囲の高校生たちには見られていた。

そんな30年前には、若者以上に外国人の登山者などまず出会うことはなかった。今は全く珍しくない。山では人とすれ違う時は必ずあいさつを交わすが、ここに至る登山道でも、何回か「ハロー」と言う機会があった。陣馬山山頂のカップルから聞こえてきた会話も、中国語だった。声をかけると、流暢な日本語で上海と中国東北部から来て、横浜の同じ会社で働いていると答えてくれた。中国では、日本ほど週末にレジャーとしてハイキングや登山を楽しむのが一般的ではなく、2人も日本に来てから登山を始めたとのことだ。雄大な自然を見慣れた大陸の人が、この島国の細やかな自然を楽しんでくれているのは、素直に嬉しいことだ。

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陣馬山山頂で出会った中国人カップル

◆日本の原風景に迎えられて

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東京都から神奈川県へ。『日本縦断徒歩の旅』初の県境超え=陣馬山山頂下にて、右端・筆者

陣馬山山頂から、神奈川県側への下山ルートに入った。ついに正真正銘の東京脱出。新潟県糸魚川市に向かうこの旅では、4回県境を越える予定だが、その最初の1回である。日本の花粉症の主因と言われる杉の植林帯を抜けると、青々とした茶畑が見えてきた。低山と言えども、やはり人里が見えてくるとホッとする。日本の昔話でよく、山を越えてきた旅人が人家の明かりに吸い寄せられてヤマンバの餌食になるという話があるが、ヤマンバは安堵に緩んだ旅人の心の隙を狙っていたのかもしれない。

現代の僕たちの心を癒やしてくれたのは、山側から見て村の入り口に立つ早咲きの一本桜であった。その先に村人の先祖代々の墓地があり、畑の間の小道の辻にはお地蔵さんが優しく立っていた。民家はその先に数軒。

私たち日本人の心に響くこうした山里の原風景も、今は「限界集落」などというおどろおどろしい言葉に置き換えられつつある。東京に隣接しているこのあたりではまだ人々の暮らしが生きているように見えたが、心の片隅に不安がよぎったのは、僕が信州で多くの限界を超えた集落の廃墟を見てきたからかもしれない。

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登山道を抜けると、早咲きの桜が迎えてくれた=神奈川県相模原市栃谷

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お地蔵さんが見守る集落の辻=神奈川県相模原市栃谷

◆優しい人々と危険な道

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藤野の集落で出会った御婦人とトイ・プードル=神奈川県相模原市

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歩道にはみ出さないと車がすれ違えない藤野駅手前の狭小トンネル=神奈川県相模原市

さらに下って民家が増えてくると、この日初めて地元の住民に出会った。トイ・プードルと散歩をしていたそのおばさんは、写真撮影に快く応じてくれた。この旅でこれまでに出会ってきた都会人の多くには、表情に陰や険があったが、それとは明らかに異なるおばさんの朗らかさにホッとした。

しかし、その後に出現したトンネルは、優しさとは正反対の「田舎の恐怖」そのものであった。日本の郊外や地方の道路には、歩道がないか極めて狭い区間が多い。僕は親友をそんな場所での交通事故で失っているから、日本の道路の狭さ・構造の欠陥には人一倍怒りの視線を向けざるを得ない。藤野駅に抜けるそのトンネルは、車線のない両方通行。「歩行者通行可」を謳っているものの、歩道はなく、白線が引いてあるだけだ。車がすれ違うには、一台が白線の外にはみ出るしかない。こんな死と隣り合わせの道が、日本の地方には無数にあるのだ。

狭くて暗いトンネルを恐る恐る進むパーティーの紅一点の方を振り返りながら、僕は、これからはこういう道を通らないルートを慎重に探す決心をした。ともあれ、JR中央本線の藤野駅に無事到着。これからしばらくは、人々の優しさに出会う田舎町の歩きが続くだろう。

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今回歩いた小仏バス停--藤野駅の登山コース:YAMAP活動日記

○今回の行程:小仏バス停─藤野駅(https://yamap.com/activities/3291892
・歩行距離=15.2km
・歩行時間=7時間56分
・高低差=679m
・累積上り/下り=863m/976m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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