コラム

「山越え」で東京脱出、人の朗らかさに触れてホッとする

2019年04月11日(木)16時30分

◆日本の山から犬が消える?

190321019.jpg

景信山山頂の茶屋にいた犬

景信山山頂(727m)には茶屋が数軒あった。その一つに、日本犬系の雑種犬が3頭繋がれていた。日本では犬はもともと多くは猟犬として飼われていたこともあり、日本犬と山との関わりは深い。昨年、現在の純血種としての柴犬の祖犬である石州(せきしゅう)犬『石(いし)』号の故郷・島根県石見(いわみ)地方を訪ねたが、『石』の生家もまた、景信山周辺に見られるような里山の風景の中にあった。

03003.jpg

島根県益田市の里山にある柴犬の祖犬『石』の生家=2018年9月撮影

標高がもっと高い山にも、犬を飼っている山小屋やロッジはある。僕が住んでいる蓼科高原の周りでは、車山(1,925m)と入笠山(1,955m)の小屋に犬がいる。かつては、八ヶ岳の山小屋にも立派な犬がいたと聞く。だが、最近は高山植物や雷鳥といった稀少な生物の保護の観点などから、「犬禁止」を謳う山域が増えている。山と共に生きてきた日本の犬がそこから姿を消すのは、我々愛犬家にとっては寂しい状況ではある。

ここでは詳しくは書かないが、僕が以前取材した限りでは、犬が高山の自然環境や野生動物に与える悪影響については、諸説ある。少なくとも、人間が与える影響の方が大きいのは、もはや「ゴミの山」と化しているエベレストの状況を見るまでもなく明らかであろう。それでも、嫌煙権のごとき"嫌犬権"に強い配慮を求められる今の流れは当面変えられまい。景信山の茶屋には代々犬がいるそうだが、今いる犬たちが最後にならないことを、個人的には願う。

◆土の道に文明の足跡を刻む

190321036.jpg

整備された道なくして、人間文明は自然に進出することはできない=奥高尾縦走路

景信山は東京都と神奈川県の境にあり、そこから陣馬山に至る尾根(奥高尾縦走路)は、まさに都県境上にある。昔で言えば、武蔵の国と相模の国の境というところか。江戸時代の旧甲州街道は少し下った中央自動車道沿いの小仏峠方面の山道になる。ほぼ「歩き旅」しか手段のなかった昔の人の旅路はこんな感じだったんだろうな、と思いを馳せながら尾根道を歩いた。

人がやっとすれ違えるほどの未舗装の登山道であっても、そこに道があるというだけで画期的である。僕は趣味の渓流釣りで道なき道を進むいわゆる「藪こぎ」をすることが多いが、整備された登山道を歩くのとでは疲労度も安全性も雲泥の差である。「道」ってすごいのだ。

そんな道路整備が、人間文明の自然への進出の一里塚であるのは自明の理だ。実際に、究極の文明の地である東京都心から"コンクリート・ロード"を歩いてきて、この尾根の縦走路を連続して進むと、「人間の領域」の広がりと自然とのせめぎ合いを体感できたような気がした。が、そんな感慨に耽ったのもつかの間、眼前に郊外住宅地の風景の主役だった巨大鉄塔が現れた。現代文明の申し子である「電力」は、標高1,000mに満たないこのあたりの山々を容易に乗り越える。

190321033.jpg

奥高尾縦走路上にあった巨大鉄塔

◆東京と神奈川のせめぎ合い

190321042.jpg

明王峠の一本桜


190321044_2.jpg
都県境沿いの尾根の両側には東京都側と神奈川県側の各種看板が並ぶ

季節は東京都心で桜が満開になる少し前。途中の明王峠で、僕にとっては今年初の花見となる早咲きの一本桜に出会った。

続く尾根道は相変わらず東京・神奈川の都県境の上だ。山火事防止や環境保全を訴える看板が東京都と神奈川県の両側から立てられていて喧(かまびす)しい。両者で話し合って半分の数にできないものか。

山でさえこの有様なように、日本の街は看板天国である。店や会社の看板から広告看板、そしてこのような官公庁の注意喚起の看板。中国・北朝鮮などの共産主義国家では政治スローガンの看板や横断幕が目立つが、日本の火災防止や交通安全の標語看板も、数が多すぎるとそれに近い「大きなお世話」だと僕は感じる。記者時代の先輩が、ドライバーが歩道橋にかかる交通安全の横断幕の文字を追うせいで、逆に事故が増えたという取材をしていたのを思い出す。「過ぎたるは及ばざるが如し」である。

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電

ビジネス

パリ航空ショー、一部イスラエル企業に閉鎖命令 イス

ワールド

アングル:欧州で増加する学校の銃乱射事件、「米国特

ビジネス

豪サントス、アブダビ国営石油主導連合が買収提案 1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story