コラム

「いらない」と「楽しい」が同居する五輪は、「国威発揚」より意義深い

2021年07月29日(木)18時30分
李 娜兀(リ・ナオル)
東京五輪に反対するデモ隊

ANDRONIKI CHRISTODOULOUーREUTERS

<88年ソウル五輪の高揚感と「国威発揚」を体験した身からすると、自由に「NO」と言える五輪には新鮮さを感じる>

このコラムが出る頃には紆余曲折のあった東京五輪も本格的にスタートし、日本国民の55%が反対していると報じられた雰囲気も少し変わってきているかもしれない。ただこのコラムを書いている開幕直前までの雰囲気は、引き続き反対論が強いようだ。

新型コロナウイルス対策との整合性という問題は確かにあるにせよ、実は個人的には「多くの国民が反対するなかで開催される五輪」に新鮮さを感じている。

韓国人である私にとって、最も印象深い夏季五輪と言えばやはり1988年のソウル五輪だ。韓国では、軍事クーデターで政権を取り、多くの市民に被害を与えた光州事件を引き起こした全斗煥(チョン・ドゥ・ファン)大統領の「唯一の肯定的な功績」と言われたりもする。

あの時は開催の何年も前から、テレビで毎日のように五輪関連の報道がなされ、「五輪開催によって韓国もついに先進国へのステップを上がり始めた」という高揚感に国全体が包まれていた。

ソウル五輪のマスコットはトラの子供「ホドリ」だが、今の東京五輪のマスコットとは違い、韓国国民であれば知らない人はいなかった。開幕1年4カ月前から『走れホドリ』というアニメが毎週末に放映され、子供たちの間での五輪ムード盛り上げに一役買っていた。

開幕すると、当時ソウル市内の高校生だった私も観戦に動員された。実は私はスポーツにはあまり関心がない。無理やり連れていかれるのは嫌だったが、当時はそんなことを言える雰囲気ではなかった。

弟は五輪を心から楽しんでいた

もちろん心から五輪を楽しんだ市民も多かった。私の弟もその1人だ。開幕以前から五輪関連の新聞記事をスクラップして楽しみに待ち、観戦動員も授業が休みになって友達とわいわい言いながら予選を見たから、本当に楽しかったのだそうだ。

ちなみに私は陸上のスター、カール・ルイスの100メートル走予選、弟は走り幅跳び予選を見た。

ソウル五輪と比較すると、コロナ禍の今回の東京五輪は雰囲気が全く違う。

IOC(国際五輪委員会)のバッハ会長の歓迎会には反対デモが起き、テレビのニュースでは、五輪について「正直、迷惑ですよね」と語るトラック運転手のコメントが報じられていた。首都高速で五輪関係車両を優先するために渋滞が起き、輸送に普段の何倍もの時間がかかるのだそうだ。

いろいろと東京五輪関連のトラブルも報じられるが、そもそも国民の約半数が開催に否定的な見方をする五輪が、64年の東京や88年のソウル、08年の北京のように国民に高揚感をもたらす「国威発揚五輪」になるはずがない。そして、それはそれで良いのではないかと思う。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story