コラム

日本銀行の「追加緩和」は官僚的な対応のきわみだ

2016年07月30日(土)19時00分

Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<日本銀行が半年ぶりに追加緩和を行ったが、ほとんど政策効果がないような、「追加緩和」に帰結した。今の黒田日銀には政策実現を遅らせる悪しきエリート主義の病理が集中して現れている>

市場の予想を裏切る形での「追加緩和」

 日本銀行がマイナス金利導入以来、半年ぶりに追加緩和を行った。その中身は上場投資信託(ETF)の買い入れ額を年間3.3兆円から倍の6兆円に増額するものだった。ただしマネタリーベースが、年間約80兆円に相当するペースで増加させるという量的緩和部分はまったく変更することはなかった。

 この政策決定会合の結果は、市場にマイナスの材料として認識された。株価は急激に下落し、為替レートは円高が急速にすすんだ。株価こそ戻していき前日比微増で終わったが、為替レートはドル円では1円以上の円高になっている。これらは市場の予想を裏切る形での「追加緩和」であったことは少なくとも明瞭である。

 安倍政権は参院選の「勝利」以後、国内経済の低調(低迷ではない)と世界経済の不確実性の高まりを払拭するために、経済政策をフル稼働させることを意図している。それは政府の政策上のパートナーである日本銀行にも十分に伝わっていると思われた。しかし今回の決定は、日本銀行がはたしてその政策目的を共有しているのかはなはだ不確実なものであったことを露呈した。

懐疑的メディアのキャンペーン

 今回のETFの買い入れ倍増は、これは日本銀行の保有する資産構成を変化させることで、民間の経済主体の予想に刺激を与えることを意図している。例えばリスクのある資産の価値を高めることで、資産選択のあり方をより積極的なものにする効果である。これはベン・バーナンキ前FRB総裁などもデフレに陥った経済への刺激策として推奨した手法のひとつである。だが、市場ではこのような「質的」な変化よりも、より大胆な「量的」な緩和が期待されていた。例えば、マネタリーベースを年間90〜100兆円規模で増加させることなどである。

 この点をめぐってリフレ政策(デフレ脱却を目指す政策)に批判的もしくは懐疑的なメディアが一種のキャンペーンを張って、「ヘリコプターマネーを日銀は採用するのか」というプレッシャーを与えてきた。背後には財務省の増税主義者と日銀プロパーの情報戦略もからんでいたと筆者は見立てている。

 つまり彼らの脳内シナリオをあえて図式化すると以下のようだろう。マネタリーベースを増加させるには、市場に「タマ」=買い入れ可能な国債がなければならない。マイナス金利政策の採用で一部の銀行では国債離れがすすんでいるが、それでもタマ不足だろう。そこに政府が財政政策で新規国債を発行すれば、それを日銀が吸収することは必然である。これを妨げるには(ここに注目)、そういう行為を「ヘリコプターマネーだ」として"異常な""危険"ものとして喧伝しておくのが望ましい。

 このような脳内シナリオはただのトンデモにしかすぎない。実際にヘリコプターマネーの定義にもよるが、日本銀行が市場から国債を買い入れるのは例外でもなんでもなく通常の話だ。特に経済が低迷しているときに、国債発行で財源をまかない積極的な財政政策を行うことはまったく無問題である。国債の発行が即座に財政危機を加速すると思い込んでいる人は、財政危機病という偏見にとらわれているだけである。その偏見へのワクチンは例えば筆者のこの論説を読まれたい。

【参考記事】「財政危機」のウソと大災害

プロフィール

田中秀臣

上武大学ビジネス情報学部教授、経済学者。
1961年生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『AKB48の経済学』(朝日新聞出版社)『デフレ不況 日本銀行の大罪』(同)など多数。近著に『ご当地アイドルの経済学』(イースト新書)。

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