コラム

ベルリンはロックダウンによる「文化の死」とどう戦うのか?

2021年01月13日(水)17時10分

ベルリン国際映画祭2020のレッドカーペットを歩く国際審査委員長を務めた俳優のジェレミー・アイアンズ。このときはコロナ・パンデミックの直前だった。©Berlinale 2020

<2度にわたるロックダウンは、ベルリンの文化施設やイベントを窮地に追いやっている。しかし、相次いで刺激的な文化イベントが次々と計画されている。その理由は......>

コロナ禍と文化

COVID-19が文化を殺している。この現実を、ベルリンほど深刻に受け止めている都市は他にはないだろう。2度にわたるロックダウンは、毎年、何万人もの若者たちをベルリンに引き寄せていたクラブ文化を荒廃させた。同時に、オペラハウス、コンサートホール、劇場、映画館、美術館、ギャラリー、見本市(メッセ)会場、そして街の無数の小さなカフェやアートスペースも瀕死の状態である。

ベルリン上院は、最初のロックダウンに模範的な方法で反応し、文化部門で働く人々やフリーランサーのために1億ユーロ(約127億円)の資金援助を実行した。昨年、ドイツ全体の文化産業従事者への経済支援は10億ユーロ(約1,270億円)を超えた。

ドイツ政府の文化芸術支援策は他国に比べ手厚いと評価されている。しかし、緊急の資金援助だけでは未来を見通すには十分ではない。欠けているのは、コロナ禍を乗り越え、長期的な文化的生活を復活させるための具体的な行動である。文化は、五感を通してさまざまな課題を顕在化し、共感や連帯を生み出すメディアである。ロックダウンの今こそ、文化は必要不可欠なのだ。

フェスティバルを取り戻す

ベルリンという文化の楽園でも、文化インフラは引き続き厳しい制限を受けている。市内の16万人に及ぶ文化芸術従事者の多くは、別の仕事を探す必要に迫られている。ベルリンが必要としているのは、オーストリアのザルツブルク音楽祭のような想像力、強い意志、そして大胆さかもしれない。

世界の文化フェスティバルのほとんどがインターネットに追いやられている中、ザルツブルク市は開催の可否をめぐる熟議を重ねた結果、コロナに屈服することを拒否し、2020年8月1日から30日まで、100回記念を迎えるザルツブルク音楽祭の開催を決断した。ザルツブルクに集まった幸運な人々は、モーツァルトの魔法に引き込まれ、洗練された感染対策と音楽文化のためのリアルな空間の共生を祝福した。

ベルリン復興は文化への投資だった

15年前、当時のベルリン市長であったクラウス・ヴォーヴェライトは、ベルリンを「貧しくてもセクシー」と宣言した。このスローガンは、壁崩壊後のベルリンの復興を象徴する言葉となってきた。

takemura0113_3.jpg

ベルリンを「貧しいがセクシー」と述べ、ベルリンの文化芸術基盤を築いたベルリン前市長、クラウス・ヴォーヴェライト。CC BY-SA 3.0 de

ベルリンが「貧しい」というのは本当だ。ケルン経済研究所の調査報告は、首都ベルリンが存在するだけで、ドイツは貧しくなっていると指摘した。実際、首都ベルリンがなければ、ドイツの一人当たりのGDPは0.2%上昇する。その理由は簡単だ。30年前にはじまった東西ベルリン統合による都市再開発や、文化インフラの復興にともなう巨額の借金を、ベルリン市は未だに背負っているからだ。

もし英国がロンドンを失った場合、平均的な英国人は11.1%、パリのないフランスは14.8%の貧困に陥ることになる。ベルリンはヨーロッパの都市の中で、上流下流を問わず、多様な文化芸術基盤への投資を最優先してきた。その意味で、ベルリンは豊かでセクシーなのだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、パウエルFRB議長の解任に再び言

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

焦点:米で重要鉱物、オクラホマが拠点に 中国依存脱
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story