最新記事
民主主義

日本の安全神話も崩壊...権威主義国のシャープパワーがいま世界各国で影響力を増している

2025年8月6日(水)18時00分
水村太紀(国際協力銀行〔JBIC〕調査部 調査役)

注意が必要なのは、こうした記事の内容が必ずしも「偽情報」ではないという点である。記事の内容は事実に基づくものであるが、トピックの選定や記事のトーン、情報の切り取り方には明確な意図が込められている。

さらに問題なのは、こうした中国系メディアが発信する記事が、日本の大手ニュースポータルサイトにも転載されていることである。配信元を確認することなく、大手ポータルサイトに掲載された「信頼に値する情報」として記事に触れる中で、読者は知らず知らずのうちに「親中・嫌韓」のナラティブに取り込まれていく。

このように、情報を恣意的に操作することで、世論を特定の方向に導き、民主主義国家の連携を弱体化させることは、まさにシャープパワーの核心と言えるだろう。

シャープパワーに対抗するために必要なもの

自由で開かれた社会の持つ恩恵を、我々は日々当たり前のように享受している。しかし、民主主義国家の持つ開放性や言論の自由といった特性を利用し、権威主義国家は静かに我々の認知に影響を及ぼし、社会の安定に揺さぶりをかける。

そうしたシャープパワーに対抗するためには、単に情報の真偽を見極めるのみならず、誰がどのような目的をもって情報を発信しているのかを読み解く力や、自らと異なる意見に対する寛容さを持つことが不可欠となる。

今後、権威主義国家は世界各国の情報空間において、一層影響力を増していくことだろう。そうした国々が行使するシャープパワーの手法や特徴を見極めることは、民主主義国家に生きる我々にとって、避けては通れない課題である。

[主要参考文献]
市原麻衣子「敵対国を内側から攻撃する影響工作:中国が『語らないもの』の政治性」、nippon.com、2024年1月25日
市原麻衣子「中国共産党が狙った日韓・日台関係へのくさび――第三国の社会を標的にする影響工作」、新潮社Foresight、2024年4月1日
桒原響子「世界を覆うディスインフォメーションに翻弄される社会」、WedgeOnline、2021年11月30日
Juan Pablo Cardenal, Juan Pablo Cardenal, Juan Pablo Cardenal and Gabriela Pleschová, "Sharp Power-Rising Authoritarian Influence", National Endowment for Democracy, December 5th, 2017,

[筆者]
水村太紀(みずむら・ひろき)
国際協力銀行(JBIC)調査部第2ユニット調査役。日本台湾交流協会台北事務所渉外室専門調査員(担当:両岸関係、台湾内政)や在アメリカ合衆国日本国大使館政務班二等書記官(担当:米中・米台関係、東南アジア情勢)などを歴任し、現職。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学公共政策大学院、北京大学国際関係学院、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで修士号を取得。中国語、韓国語、英語、フランス語に堪能。

ニューズウィーク日本版 Newsweek Exclusive 昭和100年
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月12日/19日号(8月5日発売)は「Newsweek Exclusive 昭和100年」特集。現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、次期FRB議長最有力候補に

ワールド

米、イラン巡り18の団体・個人に制裁 制裁回避を支

ワールド

FRB理事にミランCEA委員長指名か、ホワイトハウ

ワールド

イスラエル首相、ガザ全域支配の意向表明 ハマス反発
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの母子に遭遇したハイカーが見せた「完璧な対応」映像にネット騒然
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 5
    経済制裁下でもロシア富豪はますます肥え太っていた…
  • 6
    バーボンの本場にウイスキー不況、トランプ関税がと…
  • 7
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 8
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 9
    【クイズ】1位は中国で圧倒的...世界で2番目に「超高…
  • 10
    大学院博士課程を「フリーター生産工場」にしていい…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 8
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 9
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 10
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中