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クルアーン朗誦者「ムクレッ」を通してアラブ世界を知る カイロ旧市街で出会ったアブドル・アーティー師の話

2025年7月16日(水)19時55分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

「ここに座ると、ある貴重な体験に出会えることになります」

その貴重な体験の舞台となったのは、数年前にテレビ番組の海外ロケで訪れたエジプトの首都カイロの旧市街にあるフセイン・モスクの真向かいに位置するカフェである。

腕時計を見ると、針は午前9時30分をやや過ぎたところを指していた。カフェはまだ営業時間前である。ふと顔を上げると、いつの間にか、どこからともなく現れた30代後半と思しき男性が、人に手を引かれた状態でカフェの前に立っていた。

ところが、店内に入るとその男性は、とても視力を失っているとは思えないほど慣れた足取りでカフェの奥へと進み、そこに置かれた、おそらく彼の指定席となっているであろう椅子に腰をかけたのである。私が呆気にとられていると、その男性は、静かにクルアーン(コーラン)の朗誦を始めた。美しい響きが店内の隅々にまで行き渡り、店の外へと溢れ出る。淡々と、あくまでも淡々としたクルアーンの調べに包まれた私は、心の安らぎを感じないではいられなかった。

「クルアーン」というアラビア語は、そもそも「読誦されるもの」という意味を持つ。

つまり、声に出して読むからこそ、クルアーンなのだ。それゆえなのだろう、アラブ世界にはクルアーンを朗誦することを職業とする人たちがいる。それが「ムクレッ」である。ムクレッになるには、クルアーンの全章を暗記するのはもちろんのこと、クルアーンに関するさまざまな専門知識を身につけることが必須条件とされる。あのカフェでクルアーンを朗誦していた視覚に障害のある男性も、そうした厳しい条件をクリアしたムクレッなのである。

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