最新記事
中絶

中絶薬ミフェプリストンの合法使用、最高裁が認めるも...安全性巡る論争の行方

2024年6月17日(月)16時00分
ナオミ・カーン(バージニア大学法学教授)、ソニア・スーター(ジョージ・ワシントン大学法学教授)
連邦最高裁前に集まり、経口中絶薬の規制強化に反対する人々(3月、ワシントン) MICHAEL NIGROーPACIFIC PRESSーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

連邦最高裁前に集まり、経口中絶薬の規制強化に反対する人々(3月、ワシントン) MICHAEL NIGROーPACIFIC PRESSーLIGHTROCKET/GETTY IMAGES

<米最高裁は中絶薬ミフェプリストンの合法使用を認めたが、これで問題が解決したわけではない。依然として残る中絶反対派の主張や今後の裁判が、アメリカの中絶を巡る議論を複雑にしている>

米連邦最高裁は6月13日、経口妊娠中絶薬「ミフェプリストン」のこれまでどおりの流通を認める判断を全会一致で下した。原告の中絶反対派は、米食品医薬品局(FDA)が2000年にミフェプリストンを承認したこと、そしてその後、この薬に関する規制を段階的に緩和したことに、安全性の面で問題があると主張していた。

中絶反対派団体が、ミフェプリストンを標的とする訴訟を起こしたのは22年。最高裁はこの年、人工中絶を憲法上の権利として認めた1973年の「ロー対ウェード」判決を覆していた。最高裁は今回、22年以来初めて、人工中絶に関して大きな判断を示したことになる。

【動画】中絶薬ミフェプリストンの合法使用、最高裁が認めるも...安全性巡る論争の行方

バージニア大学のナオミ・カーン教授とジョージ・ワシントン大学のソニア・スーター教授(専門はいずれも法学)に解説してもらった。

◇ ◇ ◇


──この裁判に至る経緯は?

原告側は、FDAが十分に安全性を調べずにミフェプリストンを承認したと主張した。その後のFDAの規制緩和の過程も、原告側は問題視していた。現在は(数度にわたる規制緩和により)対面で処方を受けず、郵送や薬局で購入できるようになっている。

──最高裁の決定の内容は?

人工中絶を禁止していない州では、今後もミフェプリストンを合法的に使用できる。今年6月の時点で、この薬を用いた人工中絶は、アメリカで行われる人工中絶の60%以上を占めている。

最高裁は、原告に訴えを起こす権利がないとの理由により、原告側の訴えを退けた。原告はミフェプリストンを処方しているわけでも使用しているわけでもなく、FDAが原告になんらかの行動を取ること、もしくは取らないことを強いてはいない、というのが理由だ。

その一方で、最高裁は、この問題に関する判断は「政治もしくは民主主義のプロセスに委ねる」べきものと述べている。

──今回の最高裁の判断が重要な理由は?

22年にロー対ウェード判決を覆し、人工中絶を受ける憲法上の権利は存在しないと判断してから初めて、最高裁が人工中絶について主要な判断を示したからだ。

最高裁は今回、原告側の主張そのものの是非を審理しておらず、FDAの権限については判断を避けている。それでも差し当たりは、これまでどおりミフェプリストンを購入できる。

──今後、経口中絶薬をめぐりほかに裁判が行われる可能性は?

下級審で係争中の裁判が既にいくつかある。それに、アイダホ、カンザス、ミズーリの3州は早くも、今回の最高裁の判断に異議申し立てする構えを見せている。従って、ミフェプリストンの問題が再び最高裁で取り上げられる可能性がある。

一方、この5月には、ルイジアナ州がミフェプリストンともう1つの経口妊娠中絶薬を規制薬物に指定した。依存性と乱用のリスクがあるというわけだが、その判断に科学的な根拠はない。

もし11月の大統領選でトランプ前大統領の返り咲きが決まれば、FDAはミフェプリストンの処方に関する規制を再び厳格化するかもしれない。極めて異例のことではあるが、その可能性は排除できない。実際、中絶反対派はそうした戦略を提唱している。

ミフェプリストンの流通は、当面これまでどおり認められるが、この問題に決着がついたとはとうてい言えない。

The Conversation

Naomi Cahn, Professor of Law, University of Virginia and Sonia Suter, Professor of Law, George Washington University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首都に夜通しドローン攻撃、23人負傷 鉄

ビジネス

GPIF、前年度運用収益は1.7兆円 5年連続のプ

ワールド

「最終提案」巡るハマスの決断、24時間以内に トラ

ビジネス

トランプ氏、10─12カ国に関税率通知開始と表明 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中