最新記事

インド

「サラミ戦術」の逆効果...中国にとっての「悪夢」が現実に

SLICING UP INDIA

2023年7月20日(木)15時00分
ブラマ・チェラニ(インド政策研究センター教授)
ラダックのインド軍基地

中印は軍備増強を進めるが(ラダックのインド軍基地、2020年) DANISH SIDDIQUIーREUTERS

<ヒマラヤ地方でじりじりと国境線を拡張する、習近平政権の戦略は裏目に出ているかもしれない。本誌「『次のウクライナ』を読む 世界の火薬庫」特集より>

近年、著しく軍事力を高めてきた中国は、国境線や領有権をめぐり、17もの近隣国といざこざを起こしている。だが、台湾を別にすれば、インドほどその緊張が本格的な戦争に発展する恐れがある国はない。

 
 
 
 

インドと中国は、かれこれ3年以上にわたりヒマラヤ山脈地域で軍事的な対立を続けている。きっかけは2020年5月に、インド最北端のラダック地方に中国兵が侵入してきたため、インド軍と小競り合いになったことだ。これを機に、両国ともこの地域の兵力を増強し、それがさらに激しい衝突をもたらした。

このときインドは、全面的な戦争に発展する恐れがあったにもかかわらず、軍事的にきっぱり立ち向かうという、21世紀の中国に対してどの国もやったことがないことをした。

実は、現代インドと中国は、最初から国境を接していたわけではない。1951年に、中国が資源の豊富なチベットを強引に併合したため、ネパールやブータン、ミャンマーと共に中国と接することになったのだ。

チベットという緩衝地帯がなくなると、中国はインド北部に直接ちょっかいを出し始めた。その結果が1962年の中印国境紛争だ。このとき、一定の領土を獲得したという意味では、中国は勝利したかもしれない。しかし、かつて友好国だったインドに平和主義を捨てさせ、軍の近代化に突き進ませることになった。

あれから60年、歴史は繰り返している。中国軍とインド軍の兵士数万人が、複数の地域で長期にわたってにらみ合い、散発的に衝突しているのだ。62年の中印紛争のときでさえ、軍事的な衝突は32日で終わった。

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は、最大の隣国インドを永遠に敵に回したことにより、中国の長期的な利益を傷つけたことに気付くだろう。なにしろ中国の攻撃を受け、インドはアメリカに急接近するとともに、軍備増強を加速させている。極超音速巡航ミサイルや、ハイブリッドな魚雷型ミサイル、対レーダーミサイル、そして大陸間弾道ミサイル「アグニ5」など、最先端のミサイルシステムの発射実験を繰り返している。

おかげで中印関係は史上最悪の状態にある。インド国民の中国に対する印象も、62年以来の低水準だ。

習の歴史修正主義的な措置は、日本とオーストラリアの戦略的姿勢にも過去にない変化をもたらした。日本政府は2027年までに防衛費を倍増する目標で、第2次大戦後こだわってきた平和主義的な安全保障政策を事実上放棄した。オーストラリアも米英豪の新しい防衛協力枠組みAUKUS(オーカス)に参加した。

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米中が初のAI協議、14日にジュネーブで リスク緩

ビジネス

あおぞら銀、大和証券G本社が520億円出資 業績悪

ワールド

イスラエル軍、ガザ最大の難民キャンプとラファへの攻

ワールド

能登半島地震、復興基金で財政措置検討─岸田首相=林
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中