最新記事
インド

「サラミ戦術」の逆効果...中国にとっての「悪夢」が現実に

SLICING UP INDIA

2023年7月20日(木)15時00分
ブラマ・チェラニ(インド政策研究センター教授)

中国の領土拡張は「サラミ戦術」、すなわち国境地帯を少しずつ侵食し、いつの間にか相手国が領土を失わざるを得ないような戦略を取ってきた。南シナ海の岩礁に島を造成して、軍事施設を構築し、「中国の一部」という既成事実をつくっているのがいい例だろう。

習は今、この戦略をヒマラヤでも展開しようとしている。インドやブータンやネパールとの国境地帯に新しい村を次々と建設して、サイバー戦争の基地や地下弾薬庫を設けたりすることで、戦略的に重要な地域への支配力を強めているのだ。

 
 
 
 

中国は国際的なルールや規範も無視する。例えば、近年のブータン領内への侵入は、「国境の現状を一方的に変更するような行動を取らない」という1998年の2国間協定に違反するものだ。ラダック侵入も、インドとの一連の合意に反する。

つまり中国は2国間合意を破る常習犯であり、なんらかの合意を結んでも、その領土拡張意欲に待ったをかけることはできないようだ。

経済力と軍事力の両方が増大するのに従い、中国のこうした冒険主義的な傾向は強くなってきた。現在、中国の軍事費は1995年の10倍ほどに増えており、海軍の保有艦艇数は世界一で、沿岸警備隊(中国海警局)も世界最大となっている。ミサイルや核兵器の備蓄も拡充してきた。

だが、中国の冒険主義は、かえって中国に不利な状況を生み出している。膨張主義的な政策は世界中で反発を招き、アメリカとの戦略的対立を根深いものにした。日本とインド、そしてオーストラリアは、中国を中心とするアジアの誕生を許すまいと、決意を固くしているように見える。

中国にとっての「悪夢」が現実に

習は20年のラダック侵入にゴーサインを出したとき、大きな誤算をしていたようだ。インドが軍事的に押し返すことはなく、中国のプレゼンスを受け入れると踏んでいたようなのだ。だがインドはこれ以降、中国の前方展開に匹敵する以上の装備をこの地域に投入してきた。

そこで習は昨年12月、ラダックから2000キロ以上東に位置するインドのアルナチャルプラデシュ州に中国軍を侵入させて、インドの防衛を圧倒しようとした。だが、ここでも中国軍はインド軍に撃退された。それでも習は、同州を「南チベット」と呼び、その領有権を主張した。

このためインドは今、台湾が完全な自治権を維持するかどうかという問題に利害関係を持つようになった。もし台湾が無理やり中国に「統一」されれば、オーストリアほどの大きさのアルナチャルプラデシュ州が次のターゲットになるかもしれない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金与正氏、日米韓の軍事訓練けん制 対抗措置

ワールド

ネパール、暫定首相にカルキ元最高裁長官 来年3月総

ワールド

ルイジアナ州に州兵1000人派遣か、国防総省が計画

ワールド

中国軍、南シナ海巡りフィリピンけん制 日米比が合同
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 5
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    悪夢の光景、よりによって...眠る赤ちゃんの体を這う…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中