最新記事
トルコ

超インフレ、通貨暴落、地震被害...招いた張本人が危機をあおって「救世主エルドアン」となる、トルコの皮肉な現実

Why Erdogan Won

2023年6月5日(月)13時23分
ギョニュル・トル(米中東研究所トルコ担当理事)

野党政治家を無能で内紛に明け暮れるばかりの、民意と懸け離れた過激派に仕立て、安定と安全と秩序を求める人々の本能的な心理に訴えれば、政権基盤は安泰だ。有権者は、経済の先行きや治安の悪化に不安を抱くと、条件反射的に強い指導者を求める。

政策の良し悪しや市民の自由は後回しにされ、「われこそは救世主であり、必ずや安寧をもたらす」と請け合う候補者が熱狂的な支持をつかむ。不安におののく人々は未知の天使ではなく、既知の悪魔にしがみつくのだ。

今のトルコに「先行き不安」は売るほどある。多数派のトルコ人と少数民族のクルド人の歴史的な亀裂は、隣国シリアでの内戦でさらに深まった。

シリアでクルド人が支配地域を拡大すると、クルド人の独立国家が誕生して、自国の一部もそこに組み込まれるのではないかと、多くのトルコ人が警戒したからだ。エルドアンは彼らの危機感をあおり、トルコ民族主義の高まりに乗じて権力基盤を固めた。

選挙戦の最中には、非合法組織のクルド労働者党(PKK)と野党とのつながりを示す偽動画を集会で上映。クルチダルオールが当選すれば、服役中のPKKの指導者アブドラ・オジャランが釈放されるとデマを飛ばした。

強引な手腕が求められる

難民危機もまたトルコ人の不安の種になっている。トルコ民族主義者に言わせれば、難民は国家経済に負担を与え、治安を悪化させる「お荷物」でしかない。

低賃金にあえぐ労働者やトルコでは二級市民扱いされているクルド人も、政府の手厚い保護を受けるシリア難民に反感を持っている。それ以外の人々も、シリア難民の流入で家賃が上がり、賃金が下がり、自分たちの血税が難民支援に使われることに不満を募らせている。

そもそもエルドアンの見通しの甘い受け入れ政策が難民の大量流入を招いたのだが、多くの有権者は難民危機を解決できるのはエルドアンだけだと思い込んでいる。

2月の地震で大きな被害を受けた地域でも、エルドアン支持の声が多数を占めた。地震後の対応の遅れ、長年の腐敗、耐震基準の適用免除など、エルドアンの失政による「人災」の側面が大きかったにもかかわらず、被災者の多くはその責任を問わなかった。

家族や住居、地域のつながりを失った被災者は往々にして、即座に復興事業に着手し、1年で再建させると豪語する強気の指導者を頼りにする。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏企業への補助金削減、DOGEが検討すべき=

ビジネス

消費者心理1.7ポイント改善、判断引き上げ コメ値

ビジネス

仏ルノー、上期112億ドルのノンキャッシュ損失計上

ワールド

上半期の訪タイ観光客、前年比4.6%減少 中銀が通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中