最新記事

日本社会

成田氏「集団自決」発言から考える、安楽死をめぐる日本の現在地

2023年2月27日(月)14時40分
和田香織
誰もいない病室

安楽死は直接的にも間接的にも強制されたものであってはならない(写真はイメージです) Pixelci-iStock

<安楽死は本人の自由意志によるもので、法制化されている国や地域では本人の意志が幾重にも慎重に確認される。成田氏の「安楽死の強制」という発言は明かな矛盾語法だ>

イェール大学アシスタント・プロフェッサーである成田悠輔氏の「集団自決」発言をきっかけに、安楽死についての言説が飛び交っている。成田氏は世代交代を促すためのメタファーだったと釈明したが、発言の前後や過去の発言を鑑みると疑問が残る。

成田氏は2022年1月に配信された経済メディア「NewsPicks」の番組内でも、日本で進む少子高齢化の解決策として「『安楽死の解禁』や、将来的にあり得る話としては『安楽死の強制』みたいな話も議論に出てくる」と語った。

筆者は20年以上カナダに在住し、16年に法制化された医療幇助死(Medical Assistance in Dying)の研究に関わっている。そのうえで、国家危機対策として安楽死が持ち上がっていることに大きな違和感を覚える。終末期での「個人の尊厳」という価値基盤が、日本の安楽死解禁論にはごっそり抜け落ちているからだ。

たとえ言及されたとしても、「迷惑をかけながら生き延びることに尊厳はあるのか」という老害言説の文脈においてである。そこで考慮されているのは個人の尊厳ではない。「生産性」という物差しで測られた、集団や国家にとっての利益・不利益だ。

安楽死の土台に「生きる権利」

安楽死は本人の自由意志によるものであり、直接的にも間接的にも強制されたものであってはならない。だからこそ、安楽死が法制化されている国や地域では、複数の専門家が複数回にわたって面談を行い、本人の意志を幾重にも慎重に確認する手続きが制定されている。その際、緩和ケアや福祉、心理療法を駆使して身体的・心理的苦痛をできる限り除く努力を行い、少しでも長く生きるという選択肢を模索する。

それに対し、成田氏の「安楽死の強制」という発言は、明らかな矛盾語法だ。「強制された安楽死」はもはや「安楽死」ではなく「殺人」であり、集団に対して行われれば「虐殺」だからだ。

人類には「安楽死」の名のもとに虐殺が行われた歴史がある。T4作戦と呼ばれたナチスによる安楽死プログラムだ。イデオロギーによる「生きるに値しない命」の選択が行われ、多くの身体・精神障害者、同性愛者、「劣等人種」とされた人々が殺害された。

このような非道行為を二度と発生させないために、第二次世界大戦後の48年に世界人権宣言が採択された。何人たりとも生命や自由を奪われることはあってはならないという生命権が明文化されており、それは日本国憲法にも共通している。

安楽死も「尊厳」や「死ぬ権利」など、人権の枠組みの中で議論されることが多い。しかし「死ぬ権利」の倫理は、社会保障を受ける権利や生命権を含む基本的人権を土台としている。つまり「生きる権利」、それも尊厳を持って生きる権利が保障される社会が前提であるはずだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中