最新記事

人工妊娠中絶

全米に衝撃、「アメリカ全土で中絶禁止」に道を開く最高裁判決草案の危険なレトリック

Alito’s Radical Message

2022年5月9日(月)16時50分
マーク・ジョセフ・スターン
中絶権支持派のデモ

草案の内容が報じられた翌日、ワシントンの最高裁前では中絶権支持派が抗議デモを行った WIN MCNAMEE/GETTY IMAGES

<中絶の権利に関する米連邦最高裁内の多数意見をまとめた判決草案がリークされ、激震が走った。だが最大の驚きは、草案に「書かれていない」こと。連邦議会では「受精の瞬間」から法律上の人格を認める法案も提案されている>

衝撃だった。

米政治ニュースサイトのポリティコは5月2日、人工妊娠中絶の権利に関する米連邦最高裁内の多数意見をまとめた判決草案を入手したと報道。保守派のサミュエル・アリート判事の署名入りで今年2月に作成されたという草案は、中絶、および中絶の権利の支持者への思いがけない非難に満ちている。

だが最大の驚きは、草案に書かれていないことのほうかもしれない。

米最高裁は1973年、中絶権は合衆国憲法で保障されているとの判断を下した。この「ロー対ウェード」判決を覆そうという動きは従来、中絶権の判断は州に委ねるべきだとの主張に基づいていた。

今回リークされた草案には、各州に自治権を付与する連邦主義的論点が明らかに不在だ。それに代わる曖昧な表現は、中絶反対派の次の目標への布石として練り上げられたように見える。

すなわち、全米50州で中絶を規制・禁止する連邦法の制定という目標だ。

アリートの草案は、妊娠15週以降の中絶を禁じたミシシッピ州法の合憲性を争う最高裁訴訟に関するもので、問われているのは州レベルの法制だけだ。

だが中絶反対派にとって最終目標は、アメリカ全土で中絶を禁じること。連邦レベルでの将来的な違法化の可能性を妨げないよう、草案は細心の注意を払っている。

そうした可能性については全く触れていないため、アリートが提示する意見の含意を見過ごすのはたやすい。

ロー対ウェード判決の破棄は、中絶権の議論を「国民と選挙で選ばれたその代表」に返上することだと、アリートは繰り返し記す。だが「代表」とは州議会議員か、それとも連邦議会議員なのかは明言せず、中絶権の是非は州ごとに決定すべきだと示唆することを慎重に避けている。

アリートの手法は、アントニン・スカリアやクラレンス・トーマスなど、これまでの保守派最高裁判事とは大きく異なる。

次期大統領選で争点化

スカリアはロー対ウェード判決の合憲性が問われた1992年の最高裁訴訟(合憲判断が下された)で、中絶を州に帰属する問題とした。生殖権をめぐる「根深い意見の不一致」は、1973年以前のように「州レベルで解決」すべきだと記している。

さらに、同判決の欠陥は公選されていない判事に判断を任せたことだけでなく、50州に単一基準を当てはめようとしたことだと述べ、「国レベルでの均一な解決」が可能だという考えを明確に否定した。

ほかの保守派判事も同様に、中絶は憲法が州議会に委ねる政策論争に当たると定義した。

スカリアはトーマスと共に、連邦議会は憲法上、中絶を規制する権限を持たないのではないかと示唆したこともある。

アリートの草案には、この手の連邦主義的表現が全くと言っていいほど存在しない。むしろ、中絶を禁じる最終的権限の正確なありかについて、触れるのを避けている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

冷戦時代の余剰プルトニウムを原発燃料に、トランプ米

ワールド

再送-北朝鮮、韓国が軍事境界線付近で警告射撃を行っ

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB価格を7130円に再引き

ワールド

インテル、米政府による10%株式取得に合意=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子、ホッキョクグマが取った「まさかの行動」にSNS大爆笑
  • 3
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラドール2匹の深い絆
  • 4
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 8
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    海上ヴィラで撮影中、スマホが夜の海に落下...女性が…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 10
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中