最新記事

シリア

ウクライナ行きに備えるシリアの「傭兵」:ただ混乱をもたらす欧米諸国の人道介入

2022年3月9日(水)17時15分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ロシアは、シリアから「ISISハンター」民兵をウクライナに転戦させたという...... twitter

<シリアではロシア軍に対抗する傭兵リストが集められ、いっぽう、ロシアもシリアで傭兵を集めようとしている......>

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が2月27日にロシア軍の侵略と戦う「国際義勇軍」への参加を各国に呼び掛けてから1週間が経った。

aoyama20220309b.jpgTwitter(@UKRinJPN)、現在は削除

欧米諸国、そして日本では、少なからぬ市民がウクライナ行きを志願し、各国政府は対応に追われていると報じられている。

侵略者や抑圧者の不正に抗議する平和的な連帯行動や経済制裁が、武器供与、資金援助、さらには戦闘員派遣といった過激な支援につながり、混乱とテロを助長するという流れは、これまでにも繰り返されてきた。

その最たる一例がシリア内戦であるが、人道主義を振りかざし執拗な干渉を続けた欧米諸国と、これを主権侵害だと非難して介入したロシアやイランによって「今世紀最悪の人道危機」と称される修羅場となったシリアも、ウクライナをめぐるNATOとロシアの紛争から自由ではいられない。

イドリブ県で「傭兵」リスト提出

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は3月5日、複数筋の話として、シリア北西部のイドリブ県で、ウクライナでのロシア軍に対する戦闘への参加を希望する「傭兵」のリストが作成されていると発表した。

イドリブ県は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握り、シリア政府の支配が及ばないいわゆる「解放区」。自由と尊厳、そして体制打倒をめざす「シリア革命」最後の牙城と目されている。

シリア人権監視団によると、リストには、リビアやアゼルバイジャンでの戦闘に参加した経験がある「傭兵」ら数百人が名を連ねており、トルコが支援するシリア国民軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian)に提出されたという。

名簿に登録を済ませたイドリブ県西部出身のKh.Kh.は、10人の名前が記されたリストをシリア国民軍に所属するハムザ師団に提出したという。

ハムザ師団をはじめとするシリア国民軍諸派は、トルコの諜報機関の指示を受けて大量のリストを準備しているが、ウクライナにはまだ「傭兵」を派遣していないとのこと。

ウクライナに派遣される予定の傭兵には、ロシア軍に対するゲリラ戦を行い、月給2000米ドル(約23万円)以上が支給されることになっている。だが、戦闘参加を希望している者たちは、報酬を得た後にポーランドを経由して、EU(欧州連合)諸国への移住を考えているという。

シリア人権監視団がインタビューしたH.I.(30代、イドリブ県在住)は、「どんな手段でもいいからEU加盟諸国に渡りたい」としたうえで、ウクライナ行きの準備をしていると明かしている。ウクライナ経由でEUに渡航するには1万ユーロ(約125万円)が必要なのだという。

プロパガンダとして一蹴されていた「傭兵」派遣に向けた動き

シリアからウクライナへの「傭兵」派遣に向けた動きは、ロシア軍がウクライナで特別軍事作戦を開始した当初から指摘されていた。だが、その情報源の多くが、ロシアやシリア政府寄りのメディアだったためプロパガンダだと一蹴されていた。

最初に報じたのは、シリア政府に近い立場をとるレバノンのマヤーディーン・チャンネルだった。
同チャンネルは2月27日、シリア北部で活動する多数の戦闘員をウクライナに移送する準備が行われているとのシリア人政治評論家のムハンマド・カマール・ジャファーの分析を紹介したのだ。

ジャファーは「ロシアとシリアは、ウクライナに派遣される戦闘員についての諜報を共有している」としたうえで、「トルコがウクライナへの戦闘員の移送に全面的に関与している」と述べた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中