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ウクライナ侵攻

プーチンは正気を失ったのではない、今回の衝突は不可避だった──元CIA分析官

PUTIN'S RESENTFUL REALISM

2022年3月25日(金)08時10分
グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)

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ベルリンの壁崩壊でブランデンブルク門前に集まった市民(1989年11月) REUTERS

プーチンは上官たちに対して、東ドイツで起きている反ソ連デモを武力鎮圧すべきだと訴えた。しかし、その主張は本国に受け入れられず、激しいいら立ちと無力感と喪失感を味わった。ソ連の崩壊は「20世紀で最大の地政学的惨事」だと、プーチンはのちに述べている。

同じような喪失感と怒りを抱いているロシア人は少なくない。ソ連崩壊に対して苦々しい思いを語るロシア人には、私もたびたび遭遇してきた。

しかし、プーチンは権力を掌握してから20年余りの間、大国ロシアを再建すること、そしてロシアの地位低下を招いた元凶であると見なした欧米諸国を弱体化させることを目指し続けてきた。

プーチンにとって、ウクライナはとりわけいら立たしい存在だ。人は身近な存在に対して、より激しい憎悪を抱く。プーチンのゆがんだ歴史観によれば、ウクライナは恩知らずの弟のような存在に見えているのだ。

露骨な帝国主義的思考を持つプーチンにしてみれば、ウクライナが自立を主張することは、大国ロシアの歴史的地位への侮辱にほかならない。そこで、常にウクライナの自立を否定し、妨害し続けてきた。ウクライナ人がソ連支配を憎もうが関係ない。彼らはナチスドイツを解放者として受け入れたのだから。

今回は、ウクライナが恒久的に自国の手を離れることを恐れて、その前に動いたのだ。アメリカによって奪い取られたロシアの栄光を取り戻し、ウクライナと欧米諸国に、ロシアが1989年に経験したのと同じ思いを味わわせたいと考えている。

「白鯨」を倒さずにいられない

プーチンがこうした点に関して強迫観念にとらわれていることは間違いない。米作家ハーマン・メルビルの小説『白鯨』のエイハブ船長が激しい復讐心に取りつかれて巨大な白鯨との戦いにのめり込んだように、プーチンも自分にとっての「白鯨」を倒さずにいられないのだ。

一方、プーチンと側近たちの間の距離が昔より大きく広がっているという報道もなされている。独裁者は常に周囲をイエスマンで固めるものだが、新型コロナの感染拡大以降、プーチンはごく一握りの20年来の側近たちとしか話していないようだ。

最近、特に緊密に接している人物の1人がユーリ・コワルチュクという大富豪だという。コワルチュクは反米主義の陰謀論をまき散らしていて、プーチンと一緒にどうやってアメリカを弱体化させ、大国ロシアの栄光を取り戻すかという戦略を練っているとされる。

89年の恥辱、宿敵アメリカ、生意気な弟ウクライナ、耳元でささやかれる陰謀論......ウクライナと欧米は今、プーチンの不満と怒り、野望の代償を払わされている。

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プーチンの盟友の大富豪コワルチュク ALEXANDER ZEMLIANICHENKOーPOOLーREUTERS

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