最新記事

ウクライナ侵攻

プーチンは正気を失ったのではない、今回の衝突は不可避だった──元CIA分析官

PUTIN'S RESENTFUL REALISM

2022年3月25日(金)08時10分
グレン・カール(本誌コラムニスト、元CIA工作員)
ロシア安全保障会議

ウクライナ侵攻前の2月21日、クレムリンで安全保障会議を主宰するプーチン。側近たちとの距離が印象的だ ALEXEY NIKOLSKYーSPUTNIKーKREMLINーREUTERS

<その正気を疑う声も多いが、本人の中で行動は終始一貫している。「怒りのリアリズム」が形づくる独特の世界観を読み解く>

ウクライナ侵攻に対する恐怖と怒りとともに、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンの正気を疑う声が出るのは不思議でない。

報道によれば、侵攻の直前に会談したフランスのエマニュエル・マクロン大統領は、プーチンがこれまでになく「頑固で孤立している」と感じたという。チェコのミロシュ・ゼマン大統領もプーチンを「狂人」と呼んだ。確かに一連のおぞましい行動は正気の沙汰とは思えない。

しかし、このような見方はあくまでも西洋の文化や価値観に基づいたものだ。プーチンの世界観や心理を理解していない。

プーチンは、狂気に陥っているわけではない。敵と位置付けている欧米諸国がどのような反応を示すかを大きく見誤ったことは間違いないし、1991年のソ連崩壊を経験したことにより、ある種の強迫観念を抱いていることも事実だろう。

けれども、この20年の行動には一貫性があり、自らの考え方は明確に表明し続けてきた。プーチンの振る舞いはほぼ全てが間違っているが、本人の世界観の枠内では至って合理的な行動を取ってきたのだ。

問題は、そうした国際政治観や歴史観が西洋的価値観と全く相いれないことだ。プーチンの頭の中では、国家は常に国の存続を懸けてぶつかり合うものとされている。

プーチンはこう考えている――。西側諸国、とりわけアメリカは宿敵であり、アメリカはロシアの版図を削ろうとし続けている。ロシアには近隣地域に覇権を打ち立てる権利があるが、ウクライナは次第にロシアにとっての緩衝地帯および属国という当然の地位から脱しようと画策している。

そして、このまま手をこまねいていれば、アメリカとNATOはプーチンとロシア国家を破滅に追い込むだろう......。

このような考えのプーチンにとって、ウクライナ侵攻は極めて理にかなった行動ということになる。「ほかに選択肢はない」と彼は言った。

1989年にプーチンが味わった屈辱

1989年11月10日の午前7時、CIAの若手職員としてヨーロッパで仕事をしていた私は、フランスのストラスブールの駅で新聞を買い、1面の大見出しを見た瞬間、思わず歩みを止めた。新聞はベルリンの壁の崩壊を報じていた。

私が知っていた世界は――1961年のベルリンの壁の設置に始まり、60~80年代のベトナムやアフガニスタンでの米ソの代理戦争の時代は――終わったのだと、私は気付いた。

同じ日の朝、ソ連の情報機関KGBの若手職員だったプーチンは、ストラスブールから東へ600キロほど離れた東ドイツ(当時)のドレスデンにいた。ただし、このとき冷戦の終焉に対して抱いた思いは、私とはまるで違うものだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中