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米国が、シリアでイスラーム国指導者を殺害 その意味とは

2022年2月7日(月)15時25分
青山弘之(東京外国語大学教授)

米特殊作戦部隊によって破壊された建物 REUTERS/Mahmoud Hassano

<2月3日、バイデン大統領はシリア北西部で軍事作戦を敢行し、国際テロ組織イスラーム国の指導者アブー・イブラーヒーム・クラシーを殺害した。その意味とは......>

米国のジョー・バイデン大統領は2月3日、シリア北西部で軍事作戦を敢行し、国際テロ組織イスラーム国の指導者アブー・イブラーヒーム・クラシーを殺害したと突如発表した。

「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれていたシリア内戦への関心は薄れて久しく、メディアなどで取り上げられることもなくなった。だが、それはシリアに持続的な平和がもたらされたことを意味しない。同国は今も分断と占領・駐留という二重苦に苛まれ、混乱再発の火種を抱え続けている。筆者が「膠着という終わり」と呼ぶこの現状こそが、シリアでの米国の軍事行動を後押ししている。

シリアの現状

シリアでは、2020年2月末から3月初めにかけて、シリア・ロシア軍と反体制派・トルコ軍が北西部で戦火を交えて以降、大規模な戦闘は発生しておらず、膠着状態にある。

バッシャール・アサド大統領が指導するシリア政府は、都市部や穀倉地帯のほとんどの支配を回復し、ロシア、イラン、中国、アラブ首長国連邦(UAE)などの支援を受けて復興を推し進めようとしている。だが、欧米諸国は今もその正統性を認めておらず、またシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が主導する反体制派、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)を主体とする北・東シリア自治局がそれぞれ北西部と北東部を実効支配し、国土は分断されている。

加えて、トルコは北部国境地帯(「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域、「平和の泉」地域)を実質占領するとともに、反体制派の支配下にあるいわゆる「解放区」各所に停戦監視の名目で部隊を駐留させている。米国も、イスラーム国の復活を阻止し、油田を守ると主張し、北・東シリア自治局の支配地や南部(55キロ地帯)に違法に基地を設置している。対するロシア、そしてイラン・イスラーム革命防衛隊、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民防衛隊などのいわゆる「イランの民兵」も、政府支配地各所に部隊を展開させている。トルコで活動する反体制系シンクタンクのジュスール研究所によると、トルコ、米主導の有志連合、ロシア、「イランの民兵」の基地・拠点は2021年末時点で、それぞれ122、28、114、333カ所にのぼる。

国土の分断、外国部隊の占領・駐留――これがシリア内戦の「膠着という終わり」の現状である。

シリアの勢力図
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出所:筆者作成

イスラーム国の復活をもたらしかねない「爆弾」の存在

クラシー暗殺は降って湧いたように突然起きたわけではない。そこには、作戦実施へといたる伏線があった。

かつて「国際社会最大の脅威」と目されたイスラーム国は、シリア・ロシア軍、有志連合のそれぞれが行った「テロとの戦い」で弱体化し、2019年以降シリアとイラクの双方において在地の犯罪集団へと転落していた。シリアに目を向けると、政府支配地では、その後もユーフラテス川西岸地域や中部砂漠地帯でシリア軍を狙った襲撃事件がしばしば発生した。だが、ロシア軍が継続する爆撃や、シリア軍の掃討作戦により、イスラーム国は復活の機会を奪われていた。

一方、北・東シリア自治局の支配地では、PYDの民兵組織である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍がスリーパー・セルの摘発を続けた。シリア民主軍は有志連合がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊と位置づける武装部隊で、米軍も空挺作戦などを行い、これを支援した。だが、そこにはイスラーム国の復活をもたらしかねない「爆弾」が存在した。イスラーム国のメンバーとその家族を収容する刑務所(収容所)だ。

イスラーム国は2018年末までにシリア・ロシア軍、「イランの民兵」によってユーフラテス川以西地域の支配地を奪われた後、同川以東地域で抵抗を続けた。最終的には、2019年3月までにシリア領内におけるすべての支配地も失うことになったが、この過程で多くのメンバーとその家族がシリア民主軍に投降した。

彼らは、ハサカ県のハサカ市グワイラーン地区の工業高校を転用した施設(グワイラーン刑務所)、シャッダーディー市近郊のジャブサ・ガス工場にある中国系企業の施設を転用した施設(キャンプ・ブルガール、シャッダーディー刑務所)、カーミシュリー市西のジャルキーン刑務所、そしてイラク難民や国内避難民(IDPs)が身を寄せるフール・キャンプ(アル・ホール・キャンプ)に収容された。

このうち、6万人以上を収容するフール・キャンプは、メンバーの家族どうしのいざこざや、治安当局に協力するイラク難民やIDPsを狙った暗殺が多発した。また5,000人ものメンバーが収容されていたグワイラーン刑務所でも、処遇改善を求める暴動がたびたび発生していた。

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